5-1 レーザー駆動生成陽子線エネルギーを大幅向上

−小型化可能なレーザーを用いて世界最高エネルギー陽子線を発生−

図5-3 集光特性とパルス波形

図5-3 集光特性とパルス波形

(a)は、集光スポットの典型的な強度分布を表し、(b)は、メインパルス近傍(500 ps前から、200 ps後まで)のレーザー強度の時間プロファイルを示しています。(c)は、過渡回折格子周波数分解光ゲート(TG-FROG)法により測定したメインパルスのプロファイルで、半値全幅は36 fs、実効パルス幅は40 fsとなっています。

 

図5-4 今回の最大エネルギーと他所での陽子線最大エネルギーとの比較

図5-4 今回の最大エネルギーと他所での陽子線最大エネルギーとの比較

(d)は今回、CR-39固体飛跡検出器で検出した〜40 MeV陽子線の例です。(e)は、いろいろなレーザーエネルギーを用いた他所での実験結果との比較です。印が今回得られた結果です。□は、小型化が可能で応用に適したレーザー装置を使用した結果を示しています。■は、小型化が困難で応用に適さないレーザーを使用した結果を示しています。

高強度レーザー光を薄膜に集光すると高いエネルギーの電子の集団がレーザー進行方向に向けて発生することが知られています。この電子の集団が薄膜から飛び去ろうとすることで、薄膜の裏面に強い電荷分離電場が発生します。これが強力な加速電場として作用することで、薄膜裏面に含まれる水分及び油分に含まれ正電荷を持つ物質としては最も軽い陽子を高エネルギーに加速することができます。がん治療などへの利用を目指して、この方法でより高いエネルギーの陽子線を発生するためには、レーザーを強く集光して電子集団のエネルギーを高くすることが必要になります。これまでに、大型のガラスレーザーを用いた実験では70 MeVの陽子線加速をしたという論文報告がありますが、小型化が可能なチタンサファイアレーザーを用いた実験では、10年前に報告された最大25 MeVの加速に留まっていました。

今回、集光性能を高めるために、薄膜までのレーザー光伝送による波面ひずみを極力抑制し、薄膜上で1ショット当たり7.5 Jのエネルギーを2 μm程度の大きさまで絞り込むことに成功しました(図5-3(a))。薄膜におけるレーザーは1021 W/cm2を超える強度に達していました。このような高強度レーザー場を実際にターゲットと相互作用させた例は、世界でもほとんどありません。また、レーザー光の位相制御技術を駆使することで、40 fsの実効パルス幅とプレパルスレベル(ノイズレベル)を10桁程度低く抑えた状態で薄膜照射を行いました(図5-3(b)(c))。プレパルスレベルが高いとメインパルスが薄膜を照射する前にプレパルスで薄膜が破れてしまいますが、今回、高い照射強度にもかかわらず薄膜を壊すことなく照射することができました。この結果、小型化が可能なチタンサファイアレーザーを用いて、従来の最大のエネルギー25 MeVを超す40 MeVの陽子線を発生することに成功しました(図5-4(d)(e))。陽子線のエネルギーは、CR-39固体飛跡検出器を使用し、飛程から求めました。

今回開発に成功した40 MeV陽子線を発生する技術は、生きたマウスを用いた陽子線がん治療実験も可能となることから、実現が期待される粒子線がん治療装置の小型化が大きく前進したと考えられます。また、医療用だけではなく、様々な産業用加速器等への応用も期待されます。