5-11 植物のDNAを大きく変化させる

−止まる寸前のイオンビームは大規模欠失変異を高頻度に誘発する−

図5-23 毛状突起を利用した突然変異の検出

図5-23 毛状突起を利用した突然変異の検出

シロイヌナズナの葉には毛状突起(矢印)が多数発生します。毛状突起の形成に必須のGL1 遺伝子が変異した組織(点線で囲んだ部分)は無毛となるため、GL1 遺伝子が変異したことを視覚的に検出することができます。

 

図5-24 止まる寸前の炭素イオンビームでは大規模欠失変異の頻度が高い

図5-24 止まる寸前の炭素イオンビームでは大規模欠失変異の頻度が高い

エネルギーの異なる二種類の炭素イオンを用いて、片方は種子を透過する条件、もう片方は種子内で停止する条件でシロイヌナズナ種子に照射しました。突然変異を生じた植物体の頻度は両者で同等でしたが、止まる寸前の炭素イオンビームの方が大規模欠失を高頻度で誘発することが分かりました。

加速器で発生させたイオンビームは、ガンマ線や化学変異原とは異なる変異を誘発することから、新しい突然変異原として植物の品種改良への利用が広まっています。植物の品種改良では、種子や培養組織を透過するイオンビームが主に利用されています。イオンビームは生体組織内で止まる寸前に非常に大きなエネルギーを付与する特性を持っていますが、止まる寸前のイオンビームが植物にどのような変異を起こすのかは知られていませんでした。そこで私たちは、植物に生じる突然変異を効率的に検出する方法を確立し、止まる寸前のイオンビームによって生じる突然変異の特徴について、大規模欠失変異に注目して調査しました。

シロイヌナズナの葉の表面には毛状突起が多数発生します。シロイヌナズナが持つ一対の染色体の片方に、毛状突起の形成に必須のGLABRA1(GL1) 遺伝子に変異を持つ植物体は、もう片方の染色体のGL1 遺伝子に変異が生じた場合、葉の一部に無毛の組織を形成します(図5- 23)。この性質を利用すると、イオンビーム照射で生じた突然変異を視覚的に検出することができ、無毛の葉組織から抽出したDNAを用いて、GL1 遺伝子に生じた突然変異の特徴を効率良く調べることができます。

種子を透過する炭素イオンビームと止まる寸前の炭素イオンビームを同じ致死効果を与える線量でシロイヌナズナの種子に照射した場合、突然変異を生じた植物体の頻度は両者で同等でしたが、調査したGL1 遺伝子に生じた突然変異全体のうち、約30 K塩基対以上の大規模欠失変異の割合は、止まる寸前のイオンビームの方が6倍高いことが分かりました(図5- 24)。この結果は、止まる寸前のイオンビームが植物において大規模な欠失変異を高頻度で起こすことを初めて示唆するものであり、植物の品種改良においてDNAをより大きく変化させたい場合に有効だと期待されます。