5-10 疎な回折データからの実像回復方法の開発

−短パルス大強度コヒーレントX線による単粒子構造解析の実現に向けて−

図5-21 単粒子分子構造解析の実験スキーム

図5-21 単粒子分子構造解析の実験スキーム

単粒子分子にX線を照射し、その回折データを測定します。

 

図5-22 リゾチームタンパク質の電子密度,回折像及び回復した実像

図5-22 リゾチームタンパク質の電子密度,回折像及び回復した実像

タンパク質の電子密度(a)とその回折データ(b)です。従来法では、実像回復ができませんでした(c)が、新たに開発した方法では位相回復し、実像を得ることができます(d)。

タンパク質など生体高分子の立体構造は、主にX線結晶構造解析によって決定されています。しかし、創薬のターゲットとなる膜タンパク質をはじめ、ヒトゲノムにコードされている約半数のタンパク質は結晶化できず、この結晶化が構造解析のボトルネックになっています。

第四世代の光源、短パルス大強度コヒーレントX線源は、従来に比べて約10億倍強いX線を出すことができます。この光を使うと結晶ではなく、単粒子つまり、タンパク質1分子の回折データから立体構造が決定できるのではないかと期待されています(図5- 21)。その実現には多くの問題を解決しなければなりませんが、そのひとつに疎な回折データからの位相回復があります。結晶は、非常に多くの同じ構造を持った分子が規則正しく並んでいるため、それから回折した光は重なり合って非常に強いブラッグピークとして観測されます。一方、単粒子の場合、回折源となる粒子は文字通り一つですので、第四世代の光源を用いても、図5- 22(b)に示すような大部分にフォトンが観測されない、疎な回折データになります。また、X線と電子の相互作用による回折は確率的に起こるため、観測データには量子ノイズが入っています。従来の方法では、このような疎な回折データから位相を回復して実像を得ることは、情報量が少ないために非常に困難で、回復した像も計算の初期条件に大きく依存します(図5- 22(c))。

私たちは、このような疎な回折データに対しても初期条件に依存することなく実像を求めることができるベイズ統計に基づいた位相回復方法を開発しました。そして、この方法を用いて、従来法に比べて10〜20倍、疎な回折データからでも、高速に位相を回復することに成功しました(図5- 22(d))。

本方法の開発により、単粒子分子の回折データによる構造解析がより現実味を帯びてきました。このような新しい構造解析方法が確立されれば、これまで結晶化できなかったタンパク質等の立体構造が明らかにされ、分子の機能発現メカニズムの解明や創薬の開発研究等が大きく進展すると期待されます。

本研究は、文部科学省からの受託研究「生体分子の立体構造決定に向けたシミュレーションに関する研究開発」の成果の一部です。