図6-5 原子炉圧力容器の加圧熱衝撃(PTS)事象
図6-6 残留応力の考慮の有無による条件付破壊確率の違い
原子力発電プラントを安全に運転する上で、原子炉圧力容器(RPV)はどんな場合でも破壊に至らないこと(健全性)が求められます。このRPVは約200 mmの厚さの強靭な低合金鋼で作られていますが、運転に伴いRPVが炉心からの中性子を受けて脆くなる現象、すなわち中性子照射脆化が生じます。そのため、長期供用後の原子力発電プラントに対して、RPVの材料の劣化等を考慮して健全性を確認し、安全確保を図る必要があります。この健全性評価では、RPVにき裂が存在すると仮定し、その状態で図6-5に示す加圧熱衝撃(PTS)という過渡事象が発生した場合にRPVが破壊に至らないことを確認します。PTS事象は、加圧水型原子炉において、注入された非常用炉心冷却水によりRPVが急冷され、容器内表面に大きな引張応力が発生する事象であり、RPVの健全性に対して最も厳しい事象のひとつです。
健全性評価のための解析手法としては、仮定するき裂寸法等に余裕を持った値を設定することで、安全性を担保した計算を行う決定論的破壊力学解析手法と、構造材料の化学成分や中性子照射量のばらつき、き裂寸法分布等を考慮して評価を行う確率論的破壊力学(PFM)解析手法とがあります。私たちは、PFM解析手法を用いてRPVの健全性を評価するための解析コードPASCALの開発を行ってきました。PASCALは、RPVにき裂が存在すると仮定し、そこにPTS事象が発生した場合の条件付破壊確率を算出します。私たちは、より現実的な健全性評価を実施できるよう最新の知見を反映し、残留応力などを考慮した解析が可能なPASCAL Version3(PASCAL3)を開発しました。図6-6は、脆化が進行したと想定したRPVに対し、残留応力を考慮した場合と考慮しない場合とで、それ以外は同条件とした解析を行い、中性子照射量に対する条件付破壊確率を示したものです。どの中性子照射量に対しても、残留応力を考慮した方が条件付破壊確率は高くなっています。決定論的解析手法では、き裂寸法の値に大きめの値を採用するなどにより、安全性を担保していますが、上記のようにPFM解析ではより現実に即した精度の高い評価を行うことを目指しています。
今後も現実的な健全性評価を実施するツールとして、PASCALの解析の精度向上のための整備を進めていきます。
本研究は、原子力規制委員会原子力規制庁(当時、経済産業省原子力安全・保安院)からの受託研究「確率論的構造健全性評価調査」の成果の一部です。