7-1 ミクロな磁石の運動を制御して電気をつくる

−スピン起電力による磁気パワーインバータ −

図7-3 磁気パワーインバータの模式図

図7-3 磁気パワーインバータの模式図

(a)横幅の広い部分(W1)と狭い部分(W2)が周期dで繰り返される加工を施した磁性細線に外部磁場をかけ、磁壁を移動させます。(b)磁壁のエネルギーは細線の断面積に比例するため、W1で大きくなり、W2で小さくなります。

 

図7-4 磁気パワーインバータの出力電圧

図7-4 磁気パワーインバータの出力電圧

一定の静磁場のもとで通常の磁性細線における出力が直流電圧(線)のみであることに対し、形状加工を施した磁性細線では交流電圧が加わる(線)ことを理論計算により明らかにしました。

1831年、英国の物理学者ファラデーは、時間変動する磁場の近くに電気回路を置くと起電力が生じることを発見しました。このファラデーの誘導起電力は、電気と磁気のかかわりを支配する電磁気学の根幹であると同時に、商業用発電装置から身の回りの家電製品まで様々な電気機器の動作原理として活躍しています。

近年のナノテクノロジーの進展に伴い、極めて微細な磁石を自在に制御することが可能となってきました。この中で、誘導起電力とは全く異なる原理によって、磁気エネルギーを直接電気エネルギーに変換して起電力を生成する方法が発見され、電子の磁気的性質である「スピン」に起因するため「スピン起電力」と名付けられました。スピン起電力は、従来の常識に反して直流磁場からも電気を生み出すことができ、次世代省エネルギー技術として期待されるスピントロニクス分野において重要な構成要素となっています。

スピン起電力を生成するための方法として、磁壁(磁気の揃った領域の境目)を含む磁性細線(長細いミクロの磁石)を磁場中に置く方法があります。磁場により磁壁は磁性細線の中を移動し、この運動に伴って磁気から電気へエネルギー変換が起こり、スピン起電力が生じるのです。

私たちは、この磁壁の運動を制御することで、直流磁場を交流電圧に直接変換する機構(磁気パワーインバータ)を考案しました。直流の入力エネルギーを時間的に変化させる仕組みとして、図7-3(a)に示すような周期的に横幅を変えた磁性細線を用いました。変調を伴う細線中の磁壁は、ゴム膜のように伸縮に伴いエネルギーが変化します(図7-3(b))。このとき、通常の入力磁場によるスピン起電力に加え、磁壁に蓄えられた固有の磁気エネルギーによるスピン起電力が発生します。この結果、磁壁移動に伴って発生する出力電圧にはこの磁壁エネルギーの変動を反映した交流成分が重ね合わされることが示されます(図7-4)。

この交流成分の振幅や周波数などの特性は、外部から入力する直流磁場の強さや細線の形状を調整することで制御することが可能です。適切な磁性材料を用いた場合、MHz帯からGHz帯までの良好な交流特性を得られることが分かりました。

本研究成果は、磁気と電気という異種のエネルギー形態を直接結びつけた、高効率なこれまでにないエレクトロニクス分野を切り拓く大きな一歩であり、待機電源が不要な電子素子などへの応用が期待されます。