10-1 ヘリウムが鉄の粒界割れを促進する

−スパコンを用いて粒界結合力低下の法則性を発見−

図10-2 粒界結合力の計算手法

図10-2 粒界結合力の計算手法

粒界結合力は(a)のようにHeが蓄積した粒界面で分離したときの単位面積当たりのエネルギー増加量です。用いた粒界は(b)のように粒界面で対称で対称傾角粒界と呼ばれています。

 

図10-3 粒界結合力とHe量の関係に法則性が現れる

図10-3 粒界結合力とHe量の関係に法則性が現れる

Heが蓄積されるにつれ粒界の結合力は落ちていきます。図はHeがない場合の結合力を1.0とした場合の相対粒界結合力を様々な種類の粒界で計算した結果です。

将来の核融合炉では低放射化フェライト鋼の使用が検討されています。しかしながら、鉄鋼材料を核融合炉の条件下で長い間使用しますと、材料が脆くなることが分かっています。その原因のひとつとして材料の結晶粒と結晶粒の間、すなわち粒界の結合する力が弱くなる現象が挙げられています。核融合炉では高エネルギー中性子が発生します。その中性子と物質の核変換反応によってヘリウム(He)が生成され、それらが粒界にたまると粒界が弱くなるという原因が考えられます。

Heは、バブルとして粒界にたまる場合と、バブルを伴わずに原子としてたまる場合に大別できます。前者は比較的高温の場合に起き、電子顕微鏡で観測できます。後者は比較的低温の場合に起きると考えられますが、実験によってHe原子の位置や量を正確に特定するのは困難ですので、粒界結合力と粒界He量の関係を得るのが困難です。このような理由から、私たちはバブルが発生しない低温でのHeによる粒界脆化に、原子論的計算科学手法を適用し研究を行っています。

私たちは図10-2(a)に示されたように鉄の粒界が破壊される前後でのシステムの全エネルギーの差を粒界面積で割った値を粒界結合力と定義しました。破壊された後のエネルギーが高ければ結合力は高く破壊は起こりにくく、そうでなければ起きやすいことになります。私たちは計算科学手法でこの粒界結合力を計算しました。

粒界には様々な種類があります。本研究では計算科学に適用しやすい対称傾角粒界(図10-2(b))を用いました。Heがたまりやすい場所やそのHe形成エネルギーは粒界種ごとに異なっています。粒界結合力は、これらの位置にHe(図10-2(b)の)を人工的に挿入することにより計算しました。図10-3はその結果を示しています。He形成エネルギーは粒界結合力に大きく影響することが分かっていますが、粒界に入っているHeの量が同じであれば、粒界の種類にかかわらずほぼ同じように粒界結合力が低下していくことが分かりました。この結果は非常に重要です。なぜなら様々な物質において粒界がHeによって弱くなる現象を解析するとき、一つの粒界だけを調べておけば近似的にはすべての粒界を解析したことに相当するからです。粒界の種類は無限にありますので、研究を効率的に進められるという点でこの恩恵は大きいと思われます。