図2-5 原子炉圧力容器(RPV)と加圧熱衝撃(PTS)事象
図2-6 ステンレスオーバーレイクラッドの破壊抵抗曲線
原子炉圧力容器(RPV)は安全上最も重要で交換できない機器です。RPV の健全性を評価する際には、最も厳しい条件として、加圧熱衝撃(PTS)事象を想定しています。PTS事象とは、冷却材喪失事故時等に非常用炉心冷却水が注入され、RPVの内面が急冷されて引張応力が発生する過渡事象です(図2-5)。健全性評価においてはRPVの母材内面に表面き裂を想定した上で、PTS事象が生じても破壊しないことを確認します。RPV は低合金鋼で作られており、高温高圧水による腐食から母材を守るため、内面に約5 mmの厚さでステンレス鋼が肉盛溶接されています。これをステンレスオーバーレイクラッド(以下、クラッド)と呼びます。クラッド部には、PTS事象の際に母材よりも大きな引張応力が生じる場合があります。RPVの健全性をより精度良く評価するためには、クラッドの破壊特性と中性子照射による変化を把握する必要があります。
私たちは、クラッドを模擬した材料を製作し、高照射量領域(1.2×1024 n/m2)まで中性子照射を行い、破壊靱性試験を実施しました。これはあらかじめき裂を入れてある試験片に対して荷重を負荷していく試験であり、き裂が進展する過程における破壊抵抗(き裂進展に対する抵抗力)の変化を調べるものです。図2-6に中性子照射によるクラッド材の破壊抵抗曲線の変化を示します。ここでは、代表例としてPTS事象において引張応力が高くなると考えられる温度域の試験結果(120 ℃)を示しています。図に示すとおり、クラッド材の破壊抵抗はき裂が進展するに伴い増加していきます。中性子照射後においても、曲線の形状に大きな変化はありませんでした。このほかの試験温度においても同様であり、低温においても脆性破壊は生じませんでした。これらのことは、長期間使用されたRPVにおいても、クラッド部の破壊特性の変化が小さいことを示しています。
本研究で得られた知見は、RPV の健全性評価手法の高度化のための材料特性データとして用いられ、学協会規格の整備等に貢献するものです。