3-7 ハイパー核6ΛHの探索

−中性子過剰核はどこまで作れるか?−

図3-14 生成可能な通常の核とハイパー核の核図表

図3-14 生成可能な通常の核とハイパー核の核図表

横軸が中性子数、縦軸が陽子数を表しています。通常の核のうちは天然存在核、は実験で生成された不安定核です。Λの糊効果により、の中性子過剰ハイパー核までJ-PARCで生成可能です。

 

図3-15 π-+6Li→K++X反応のXの質量分布

図3-15 π-+6Li→K++X反応のXの質量分布

拡大図中のは束縛しきい値(5801.7 MeV)を示しています。矢印付近にシグナルを示すピークを確認することはできませんでした。

通常の原子核は陽子と中性子から構成されています。これに対してハイペロン(陽子や中性子にはない“ストレンジネス”を持った粒子)を含んだ原子核をハイパー核といいます。ハイペロンの中で、Λ粒子は陽子や中性子などの核子に対して引力が働き、通常核よりもハイパー核のサイズが小さかったり、束縛されずに共鳴状態としてしか存在しない原子核もΛ粒子によって束縛状態として観測されたりします。このような効果をΛ粒子の糊効果といい、この効果を利用することで、通常の原子核よりも更に中性子過剰な同位体を作ることができます。図3-14は原子核の存在範囲を示す表(核図表)です。Λを含むハイパー核は通常核より更に中性子過剰な領域まで存在可能なことを示しています。

私たちは核図表を中性子過剰領域に広げることを目的として、陽子-中性子比が非常に大きいハイパー核6ΛHを生成しようという実験を行いました。ハイパー核6ΛHは陽子1個,中性子4個,Λ粒子1個から構成されます。Λ粒子が含まれない状態である5Hは束縛状態ではありません。しかし、ここにΛ粒子を入れることで束縛させることができれば、陽子-中性子比が4という非常に中性子過剰な核が出来上がります。ハイパー核6ΛHはこれまでイタリアの加速器(DAFNE)で3事象見つかったという報告がありますが、質量の測定精度が1 MeV/c2と悪く不十分なため、高統計の実験で100 keV/c2の精度が得られる大強度陽子加速器施設(J-PARC)での測定が待ち望まれていました。また、理論計算においても、モデルによって束縛する結果や束縛しない結果があり、実験的に確かめる必要がありました。

本研究はJ-PARCハドロン実験施設K1.8ビームラインにおいてπ-中間子ビームを利用して行いました。標的に6Liを利用し、π-+6Li→K++X (X=6ΛH)反応を用いて2個の陽子を1個の中性子と1個のΛ粒子に変換させ、ハイパー核6ΛHを生成させます。図3-15に測定されたXの質量分布を示します。拡大図中の矢印はハイパー核4ΛHと2個の中性子の質量和で、6ΛHが束縛する場合の6ΛHの質量の最大値「束縛しきい値」を示しています。これよりも小さな質量領域に6ΛHが生成されたことを示す有意なピークを確認することができず、生成断面積は1.2 nb/sr以下と評価しました。現時点では束縛状態として存在するならば非常に低い生成断面積になるだろうという見解です。今回の結果は中性子過剰核の生成に関する理論モデルの検証に役立つものと考えています。