図3-1 先端原子力科学研究の位置づけ
原子力にかかわる技術の多くは、総合科学の結集として、その基盤が支えられています。しかし原子力研究開発においては、10年後あるいは20年後に実用化される原子力利用の新しいフェーズに対し、その端緒を拓く研究を進めておくことも必須の課題といえます。
先端基礎研究センターでは、原子力科学における無限の可能性を基礎科学の立場から掘り起こし、更にその過程から新しい学問分野を開拓し、学術の進歩と最先端の科学技術の振興を図ることを目指しています。
2010年度から始まった中期計画では、先端材料基礎科学,重元素基礎科学及び放射場基礎科学の三分野で研究を進めています(図3-1)。
先端材料基礎科学では、スピントロニクス材料の開発や物性理論の高度化,重元素基礎科学では、アクチノイド化合物の多様な物性研究と新物質の開発並びに超重元素等の核科学的性質を、そして放射場基礎科学では、ハドロン物理,生体分子に対する放射線の影響に関する研究及びスピン偏極陽電子ビーム技術の開発と応用といった研究を実施しています。これらの各分野間の連携や、他部門等との協力を通じ、原子力科学の萌芽となる未踏分野の開拓を目指しています(図3-1)。
2013年度は、先端材料基礎科学では、銅やアルミニウムで磁気の流れを生み出す原理の発見−レアメタルフリー磁気デバイスへ道−(トピックス3-1)、グラフェンの電子スピン状態を解明−原子レベルの極薄物質のスピン物性研究と素子応用に道を拓く−(トピックス3-2)といった最先端の成果を得ました。重元素基礎科学では、ウラン化合物の超伝導と電子のゆがみ−電子系のゆがみが引き起こすURu2Si2の超伝導−(トピックス3-3)、不純物水素によるセラミックコンデンサの絶縁劣化−素粒子ミュオンが明らかにした誘電材料中の不純物水素の電子状態−(トピックス3-4)などの成果があります。
一方、放射場基礎科学では、放射線の生体影響の解明に向けて−DNA損傷が正常な染色体にも影響を与える−(トピックス3-5)、シリカコロイドに吸着して地下水中を移動するウランを発見−環境水中の極微量アクチノイドの形態を解明する効果的な方法を考案−(トピックス3-6)などで顕著な成果を上げました。またJ-PARCを用いたハドロン物理では、ハイパー核6ΛHの探索−中性子過剰核はどこまで作れるか?−(トピックス3-7)などの成果を得ました。
また、東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故対応として、樹木に沈着した放射性セシウムの枝葉内部への移動を探る−放射線可視化による放射性セシウムの植物内移行挙動観測−(第1章トピックス1-8)や放射性物質の環境動態研究の一環として、菌類を用いたバイオ除染法の基礎的研究などを行いました。
先端基礎研究センターは、以上述べたような原子力基礎研究を通して、高い専門性を有し総合能力を発揮できるような原子力人材の育成も重要な課題として位置づけています。