3-1 銅やアルミニウムで磁気の流れを生み出す原理の発見

−レアメタルフリー磁気デバイスへ道−

図3-2 音波によるスピン流生成

図3-2 音波によるスピン流生成

圧電素子によって発生させた表面音波によって金属内部に発生する特殊な磁場を使ったスピン流生成法を発見しました。

 

図3-3 金属表面に生じる磁気パターン

図3-3 金属表面に生じる磁気パターン

表面音波によってスピン流が生成された結果、金属表面には、表面音波の波長(2π/k, ただしkは表面音波の波数)と同じ空間周期を持つ磁気パターンが誘起されます。

電子は電気と磁気の二つの性質を持っており、磁気の起源はスピンと呼ばれる、電子の自転運動であることが分かっています。物質中の電子の自転運動(スピン)の向きを揃えることで、磁気的性質が現れます。近年、ナノテクノロジーのめざましい進展によって、電子の自転運動の向きを一斉に揃えたままで電子の流れを作り出す技術が実現しました。この流れは「スピン流」と呼ばれ、電流が電気の流れであったのに対して、スピン流は磁気の流れであるといえます。これまでにスピン流と磁石との密接な関係が解明され、スピン流を用いた様々な次世代省電力デバイスの研究開発が世界中で進められています。

これまでスピン流を生成するには、磁石やレアメタルのように、スピンの向きを揃える性質の強い、特殊な物質の利用が必要不可欠でした。本研究では、結晶の変形によって電子のスピンが揃えられることに着目し、銅(Cu)やアルミニウム(Al)のような、それ自身ではスピンを揃える性質の強くない、ありふれた金属を用いた新しいスピン流生成法を考案しました。

私たちは、音波を注入した金属中のスピン流を精密に取り扱う基礎理論を構築しました。図3-2のように電気信号を音波に換える圧電素子を用いて音波を金属に注入すると、表面音波と呼ばれる音波がx方向に伝搬し、金属結晶が局所的に回転するように変形します。

この回転に伴って金属内部に特殊な磁場が発生し、結晶の最表面に向かって磁場の強度が大きくなります。

一般に、スピンには、

(1)磁場に平行な向きに揃う

(2)より磁場強度の強い場所へと移動する
という性質があります。したがって、この金属内部に発生した特殊な磁場中では、電子は自転方向を磁場方向に一斉に揃えながら、 磁場強度の大きい表面に向かってスピン流として流れます。その結果、 図3-3のように、金属表面に表面音波の波長と同じ空間周期を持つ磁気パターンが誘起されます。

私たちの新しい理論に基づき、様々な金属や半導体中で生成されるスピン流と音波の周波数の関係を計算したところ、数GHz帯の音波をCuやAlに注入することで、利用可能な量のスピン流が得られることが分かりました。この手法は、従来スピン流生成に不可欠とされてきた磁石やレアメタルを必要としない、全く新しいものです。この成果は、レアメタルフリーな省電力磁気デバイス開発に大きく貢献すると期待されます。