図4-9 中性子照射脆化量の予測モデルの概念図
図4-10 照射欠陥クラスターの数密度の中性子照射量依存性
原子炉を構成する金属材料が核分裂反応で生じた中性子の照射を長期にわたり受けることにより、金属材料内に微細な(ミクロ)組織変化が生じ、これが原因となり金属材料が粘り強さを失い脆くなることが知られています。中性子照射脆化と呼ばれるこの現象を理解し予測することは、原子炉の長期運転における金属材料の健全性を保つうえで最も重要な課題のひとつとなっています。
図4-9に、現在実用化されている将来の中性子照射脆化量の予測モデルの概念図を示します。中性子照射による金属材料内のミクロ組織変化の予測式及びミクロ組織と中性子照射脆化を結びつける相関式を構築し、これらに含まれる調整パラメータを、監視用の試験材料に対する測定値を再現するよう最適化することで予測カーブが得られ、将来の金属材料の健全性が評価されます。ただし、原子炉の長期運転に際しては調整パラメータの大幅な修正が必要になる場合があり、予測モデルの高度化を図ることが重要な課題であると考えられます。
私たちはこの課題を解決するために、これまでの予測モデルでは考慮されていなかった、照射により形成される欠陥集合体(照射欠陥クラスター)が移動する効果と、これに及ぼす不純物原子の影響を基本的な物理過程として抽出し、モデル構築を行いました。これにより、様々な金属材料や照射条件に対して一元的な取扱いが可能な汎用性の高い予測モデルの開発を目指してきました。これまでに、金属材料内に普遍的に存在する不純物原子に着目したミクロ組織変化の予測モデルを開発し、その妥当性の実証に成功しました。開発したモデルでは、中性子照射脆化の主な要因のひとつである、照射欠陥クラスターの形成とその成長過程に及ぼす不純物原子の影響に関する最新の研究成果が反映されています。図4-10に、原子炉を構成する金属材料のベース金属である純鉄における照射欠陥クラスターの数密度の中性子照射量依存性を示します。本モデルでは、不純物原子の影響を考慮することにより調整パラメータを低減するとともに、照射欠陥クラスターの数密度の飽和傾向と不純物濃度の影響に対する実験データの再現性が大幅に向上しました。
この結果は、より基本的な物理過程を考慮する重要性を示しています。本モデルを発展させることにより、原子炉の長期運転による金属材料の中性子照射脆化に対する予測精度の向上が期待されます。