9-1 レーザー光の吸収を空間的に分散させ機器を長寿命化

−ITERトムソン散乱計測用高耐力レーザービームダンプの開発−

図9-2 ビームダンプ形状

図9-2 ビームダンプ形状

(a)従来方式では、ビームエネルギーを吸収するための面積が小さく、エネルギーの集中も懸念されます。(b)新方式では、板を平行に並べることにより、ビームを奥に導きながら徐々に吸収します。

 

図9-3 ビームエネルギー吸収分布

図9-3 ビームエネルギー吸収分布

(c)多数並べた板のうち、2枚についてビームエネルギーの吸収分布を示しています。(d)限られた奥行きを有効に使用するため、後段のセクションほどビームエネルギーを急激に吸収します。

核融合プラズマの計測手法のひとつとして、トムソン散乱計測があります。プラズマ中に単色のレーザー光を入射すると、電子の熱運動によりドップラーシフトした散乱光が発生します。散乱光のスペクトル形状から電子温度を散乱光強度から電子密度を測定できます。しかし、磁場閉じ込め核融合プラズマでのトムソン散乱強度は弱く、通常、入射レーザー強度に対して10-14程度の散乱光しか検出できません。そのため、強力なレーザービームの核融合装置内壁等での反射及び乱散乱(迷光)を抑えることが、S/Nの低下を抑え精度良い測定の鍵となります。

迷光を小さくするためにレーザービームを吸収する機器は、ビームダンプと呼ばれます。ITERでは、20年にわたる実験期間中に、5 Jのレーザーを109パルス程度入射します。従来方式のビームダンプ(図9-2(a))では、レーザーエネルギーが集中して、損傷が生じることが懸念されます。損傷箇所にレーザーを入射し続けると、迷光の増加により測定精度が悪化し、最悪の場合測定不能となります。単位面積当たりのレーザーエネルギーの吸収を小さくして損傷を避けると同時に、レーザーエネルギーをできるだけ吸収して迷光を小さくする必要があります。そこで、ビームエネルギーを集中させないビームダンプ構造を考案しました。

本研究では、物質表面での光の吸収率が偏光と入射角に依存することに着目し、被照射面に対して平行な偏光(S偏光)で大きな入射角とすることにより吸収率を下げて、多数回の反射を通じて徐々にビームエネルギーを吸収することを着想しました(図9-2(b))。徐々にビームエネルギーを吸収するためには奥行きが必要ですが、ITERでビームダンプを設置できる空間は、最大でも125 mm程度の奥行きしかありません。そこで、厚さ0.5 mmのモリブデン薄板を1 mm間隔で密に並べ、ビームエネルギーの吸収分布が分散するように、最適な折り曲げ位置及び角度を求めました(図9-3)。

その結果、従来型では104回(100秒)程度のレーザーパルス入射で損傷が生じると見積もられるのに対し、新方式では109回程度の入射に耐えられる見通しを得ました。また、ITERでの熱負荷及び電磁的な応力などに耐えることを熱構造解析によって明らかにしました。これらに基づき、ITERでの使用条件、設置環境及び空間的制約に適合するトムソン散乱計測用ビームダンプを世界で初めて具体的に提案しました。本方式は、ITER用のビームダンプとして採用されました。