3-3 世界最高磁場で探るウラン化合物の新奇な磁性

−核磁気共鳴で明らかにしたURu2Si2の高磁場磁気構造−

図3-5 NMR実験に用いたハイブリッド磁石と<sup>29</sup>Si濃縮URu<sub>2</sub>Si<sub>2</sub>単結晶の写真

図3-5 NMR実験に用いたハイブリッド磁石と29Si濃縮URu2Si2単結晶の写真

(a)大きな11.5 Tの超伝導磁石に33.5 Tの水冷電磁石を内蔵させたハイブリッド磁石は、世界最高45 Tを発生させることができます。写真にある大きなタンクは、超伝導磁石部分を冷却するための液体ヘリウムを貯めていて、周囲に張り巡らされたパイプには、電磁石部分の電力消費に伴う熱を取り去るために、大量の水が流れています。電力消費は、33 MWにも達します。(b)29Si核を99%以上濃縮したURu2Si2単結晶の写真です。

 

図3-6 ウラン化合物URu<sub>2</sub>Si<sub>2</sub>の結晶構造と<sup>29</sup>Si核NMR法によって明らかにした強磁場中の特異な磁気構造

図3-6 ウラン化合物URu2Si2の結晶構造と29Si核NMR法によって明らかにした強磁場中の特異な磁気構造

(c)黄色で示したのが単位格子で、U原子は正方格子を形成します。約35 Tまでの外部磁場をかけても、U原子位置に磁気モーメントは発生しません。(d)35 T以上の外部磁場をかけると現れるU原子の磁気モーメントを上向き、下向きの矢印で示しています。

 


ウラン化合物URu2Si2は、17.5 Kで大きな比熱異常を伴う転移を示し、さらに極低温1.5 Kにおいて超伝導を同時に示す面白い物質です。この17.5 Kでの相転移は、通常の磁気転移ではなく、30年来、正体が明らかになっていません。現在も多くの科学者が実験・理論両面でこの相転移の正体に取り組んでいます。外部磁場をかけると、この相転移は徐々に低温で発現するようになり、約35 Tの強磁場下において、ほとんど0 Kにまで抑えられて、新しい磁気状態が現れます。この磁気状態の正体も掴めていませんでした。私たちは、医療分野で広く応用されている核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance : NMR)法を用いて、この磁気状態をミクロに明らかにする実験を提案しました。その結果、米国の国立強磁場研究所(フロリダ州タラハシー市)にある世界最高磁場45 Tを発生できるハイブリッド磁石を利用する機会を得ました。米国ロスアラモス国立研究所の協力も得て、NMRに適した安定同位体29Si核を99%以上も濃縮した単結晶を準備しました。そのハイブリッド磁石と単結晶の写真を図3-5に示しました。

実験の結果、約35 T以上で現れた磁気状態について29Si核のNMR測定に成功し、そのNMRスペクトルの解析から、新しく現れた磁気状態において、図3-6に示したように、ウラン(U)は一定の磁気モーメントを持っていて、磁場をかけた方向とは垂直方向に上、上、下と縞状に並んでいることが明らかになりました。一方、35 T以下では、磁気モーメントは現れず、非磁性状態のままであることも分かりました。U原子の価電子である5f 電子は、低磁場の秩序状態においては、U原子位置から結晶中へ金属バンド電子として染み出して磁性を示さない一方、35 T以上でU原子位置に束縛されて磁気モーメントを発生させ、磁場平行方向ではなく、磁場垂直方向にストライプ状に整列することが分かりました。強磁場で現れる準安定磁気状態においてU5f 電子が示す特異な指向性は、元の秩序を理論的に理解するための大きな手がかりとなります。

また、本研究はU原子の5f 電子が、外部から加えた磁場や温度などの影響で大きく性質を変えることを示しており、新しい機能を持ったU化合物を作るための原理解明にも貢献するものです。