3-2 原子核の新たな形態の解明を目指して

K 中間子が原子核を形成する可能性を裏付け−

図3-4 “K−pp”らしき状態の質量分布

図3-4 “K -pp”らしき状態の質量分布

π+中間子を重陽子標的に照射した際にK +中間子とともに生成された粒子の質量分布です。π+及びK +中間子の測定に加えて、バックグラウンドからは放出され得ない二つの陽子を検出することから、生成粒子の質量が2.3 GeV付近に二重微分断面積のピークが得られました。この結果は“K -pp”らしき状態がΣ0粒子と陽子に崩壊した事象を示唆しています。

 


私たちは大強度陽子加速器施設(J-PARC)のハドロン実験施設における実験で、K 中間子原子核と呼ばれる全く新しい種類の原子核と考えられる信号を検出しました。原子核の構成要素となっている陽子や中性子は三つのクォークが集まってできているバリオンと呼ばれる仲間の粒子です。一方、K 中間子原子核はK 中間子と呼ばれるクォークと反クォーク対から成る中間子が、原子核の構成要素に含まれる全く新しい状態の原子核です。K 中間子原子核は原子核との間にとても強い引力を生むK -中間子が含まれるため、原子核密度の数倍の高密度状態が形成されるなど、通常の原子核とは異なるエキゾチックな性質が予言されています。そのため、これまでもK 中間子原子核をとらえる実験が行われてきました。

特に、実験的にも理論的にも扱いが比較的容易な最も単純なK 中間子原子核“K -pp”(K -中間子と二つの陽子から成るK 中間子原子核)が、K 中間子原子核研究の先駆けとして、近年熱心に研究されています。しかしながら、イタリアのフラスカッティ研究所やフランスのサチューン研究所など過去に行われた実験には“K -pp”の存在を必要としない解釈も提唱されており、新しい実験による確認が待たれていました。

私たちは、π+中間子ビームを重陽子標的に照射し、その反応で放出されるK +中間子を測定し、質量欠損法で生成粒子の質量スペクトルを世界で初めて測定しました。本実験では標的に原子番号の小さい重陽子を用いることで、これまでの実験で議論されている“K -pp”の存在を必要としない解釈で測定されたスペクトルを理解することを難しくしています。さらに、“K -pp”の崩壊から運動学的に放出可能な二つの陽子を検出することで、バックグラウンドの寄与を抑制しました。

ハドロン実験施設での実験で、“K -pp”がΣ0粒子と陽子に崩壊する際に放出される二つの陽子をとらえたときの質量スペクトル(図3-4)から“K -pp”らしき状態を検出しました。スペクトル解析(図3-4の線)の結果、この“K -pp”の結合エネルギーは通常の原子核における結合エネルギーの約10倍に相当することが分かりました。この異常に大きな結合エネルギーは、現在提唱されている単純な“K -pp”に対する理論計算では再現できません。今後の理論及び実験的な追研究により得られた“K -pp”らしき状態の起源やその構造の研究の進展が期待されます。