2-4 放射線リスクと他の健康リスクを比較する新しい試み

−寿命・健康損失年数(DALY)を用いた放射線リスク評価−

図2-10 放射線被ばくによるDALYの評価

図2-10 放射線被ばくによるDALYの評価

放射線被ばくに由来するがん死亡による寿命損失と、がん罹患に伴う生活の質の低下を考慮することで失われた健康的な生活の年数を各々計算し、それらを合計することでDALYを計算します。

 

図2-11 日本人女性が放射線に被ばくした場合の固形がんのDALYと寿命損失の評価結果
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図2-11 日本人女性が放射線に被ばくした場合の固形がんのDALYと寿命損失の評価結果

全固形がんのDALYは寿命損失と比較して約16%増加しました。増加の主な原因となった乳がんと甲状腺がんの5年生存率は比較的高いため、がんを罹患したことによる生活の質が低下した年数が影響しました。

 


原子力発電所の過酷事故による環境や公衆への影響を確率論的に評価(レベル3PRA)する際のリスクの指標として、がん罹患・死亡率,寿命損失などが利用されています。しかし、これらの指標では、疾病による健康的な生活の質の低下を考慮することができず、放射線による健康リスクを過小評価することにつながると考えられます。一方、公衆衛生の分野では化学物質等による健康リスクの指標として寿命損失と健康寿命損失の和であるDisability-Adjusted Life Year(DALY)が用いられています。このDALYを用いることにより、致死の疾病と非致死の疾病を考慮できるため、様々な健康リスクを比較することが可能になります。そこで、DALYを指標として放射線による健康リスクを定量的に評価する手法を開発しました。

本研究において開発したDALYによる放射線リスクの評価を図2-10に示します。まず、放射線被ばくに由来するがん死亡による寿命損失を計算します。次に、がん罹患に伴う生活の質の低下を考慮することで失われた健康的な生活の年数を計算します。最後にそれらを合計することでDALYを計算します。図2-11に日本人女性集団に対する1000 mGyの放射線に1回被ばくした場合の各固形がんのDALYと寿命損失の結果を示します。全固形がんのDALYは寿命損失と比較して約16%増加しました。このことから、生活の質の低下を考慮した健康リスクを定量的に評価することができました。

また、放射線被ばくによるDALYの結果を比較する一例として、日本人全体に自然に発生する全ての固形がんによるDALYを計算したところ、男性が4.26年,女性が3.41年となり、1000 mGyの放射線被ばくによる全固形がんのDALYは、男性が0.73年,女性が1.25年となりました。つまり、1000 mGyの放射線被ばくにより、平常時と比較して男性は4.26年から4.99年と約17%,女性は3.41年から4.66年と約37%の健康リスクが増加すると評価できます。

以上のことから、私たちは原子力発電所の事故時において公衆に与える健康リスクをより詳細に評価できる手法を提示できました。今後は、レベル3PRAを用いて評価した原子力発電所の事故シナリオに対して、DALYを用いて公衆が受ける健康リスクを評価し、リスク情報の整備を行うことで原子力発電所の安全目標を検討していきます。