2-3 原子力発電所事故時における核分裂生成物の化学

−核分裂生成物の化学形態が冷却水pHに与える影響−

図2-8 SAでのFPの化学的挙動

図2-8 SAでのFPの化学的挙動

炉心から放出されたFPの化学形態は、その他のFP,構造材や制御材との化学反応により変化し、冷却水にイオンとして溶解・保持されたヨウ素の再放出を間接的に増加させる可能性があります。

 

図2-9 Cs及びIの化学形態をパラメータとしたSAにおける冷却水pHの経時変化

図2-9 Cs及びIの化学形態をパラメータとしたSAにおける冷却水pHの経時変化

Cs及びIの放出時の化学形態をパラメータとした事故進展解析を原子力機構のSA解析コードTHALES2で行い、得られた冷却水中の物質量に基づいてpHを評価しています。

 


炉心溶融等を伴うシビアアクシデント(SA)時の公衆に対する被ばく線量評価には、放出されやすい核分裂生成物(FP)であるセシウム(Cs)やヨウ素(I)の環境への放出量やその化学形態といったソースターム情報の評価が必要です。ソースタームは、SA時に想定される多様な物理・化学現象をモデル化したSA解析コードで一般的に評価されますが、その過酷な条件下の現象に対する理解が一部不十分であるため、評価結果は不確かさを含みます。不確かさが大きく、東京電力福島第一原子力発電所事故の分析においても重要な現象の一つとして、気相を移行するCsやIの化学形態への制御材中のホウ素(B)の影響が挙げられます。この形態の変化は、冷却水に保持されたIイオンが高揮発性の化学形態に変換される反応に寄与すると考えられます(図2-8)。これは、冷却水へのFPの溶解により高揮発性Iの生成に大きく影響するpHが変化するためです。特に低pHではその生成が著しいことから、pHを低下させる化学形態が重要となります。

そこで私たちは、Bやその他FPを含む気相でのCsやIの化学形態を熱力学平衡計算により推定し、それらが格納容器内の液相に移行した際のpHを評価しました。

その結果、雰囲気温度500〜3000 KでCsはCsI,CsOH,Cs2MoO4,CsBO2,IはCsI,HIの化学形態をとり得ること、また、Bの物質量が増加するとCs2MoO4やCsI割合の減少に伴いCsBO2やHIが増加することが明らかになりました。また、これらのpHへの影響は、化学形態により異なることが分かります(図2-9)。CsOHやCsBO2はpHを増加させるのに対し、Cs2MoO4は、CsIとの組み合わせでは顕著なpH変化を及ぼしませんが、HIを含む場合ではpHを低下させます。静的な熱力学平衡状態のCsと当量のBを含む系で、Cs2MoO4とHIは安定な温度領域が異なりますが、動的な化学反応速度の観点では低温でHIの分解が遅いため、原子炉内の高温部で生成したHIはCs2MoO4が安定に存在する低温でも有意に存在し得ると考えられます。

本研究により、pHを低下させるHIの生成を促進するBがI放出量の評価でも重要であることが示唆されました。今後、SA解析コードTHALES2に動的/静的な化学形態の評価機能を追加し、ソースターム評価技術の高度化を図っていきます。