3-2 液体金属流から電気エネルギーを取り出す

−電子の自転運動「スピン」を利用した発電原理の発見−

図3-4 電子のイメージ

図3-4 電子のイメージ

 

図3-5 液体金属流からのスピン流を生成

図3-5 液体金属流からのスピン流を生成

細管に液体金属を流すことで、電子のスピンの向きを揃えながら電子を移動させる新現象を理論計算により発見しました。

 

図3-6 液体金属流による電圧

図3-6 液体金属流による電圧

細管に圧力をかけて液体金属の流れを作り、その金属流の渦運動によって生じたスピン流は、電圧信号として観測されます。

 


原子や電子のようなミクロの世界の物理法則を精密に取り扱う量子力学によって、電子は「スピン」と呼ばれる自転運動をしていることが知られています。この自転運動のために、電子自身は磁気を帯びており、回転軸方向に沿ってN極とS極を持つ小さな磁石として働きます。電子の自転運動「スピン」は宇宙の始まりから終わりまで永久に途絶えることはありません。つまり、電子は永久に回転し続ける超小型モーターであり、同時に超小型永久磁石です。電子の持つ「スピン」を直観的に理解するために、図3-4のように電子を回転歯車と小さな磁石の組み合わさったものだと想像してください。

鉄のような特殊な物質中ではスピンの向きが揃っているので、鉄は磁石としての性質を持ちますが、通常、私たちの身の回りの物質中の電子たちのスピンの向きはバラバラなので、モーターや磁石としての性質は互いに打ち消されており、直接利用することはできません。

ところが、近年ナノテクノロジーの発展に伴って、物質中の電子たちのスピンを一斉に揃えながら電子の流れを作り出す技術が実現しました。この流れは「スピン流」と呼ばれ、「電流」が電気の流れであったのに対して、「スピン流」は磁気の流れといえます。これまでにスピン流を用いた様々な次世代デバイス研究開発が世界中で進められていますが、スピン流を生成するために利用されてきた物質は固体に限られてきました。

私たちは、図3-5のように水銀やガリウム合金のような液体金属で、金属の流れによって生じる渦運動と、その金属中の電子のスピンが相互作用し、スピン流を生成できることを理論計算により発見しました。これは、電子の歯車を液体金属流によって回転させることで、磁石の向きを揃えながら電子を移動させることに対応します。また、実際に直径数百μmの細管に液体金属を流すことで、渦運動によってスピン流が生み出された結果100 nVの電気信号が得られることを明らかにしました(図3-6)。これは、液体金属の渦運動を使って電子のモーターとしての性質を制御することによって電気エネルギーを取り出すことに成功した世界で初めての例です。

今回発見した新しい発電法は、従来の発電機のタービンのような構造物を一切必要としないので、発電装置の超小型化を可能にすることが期待されます。本実験で得られた電気信号は100 nVと微弱ですが、将来はわずかな電気で動作するナノサイズの超小型ロボットの電源技術に応用できると期待されます。