図3-7 TRHEPD法の実験配置
図3-8 コバルトと銅の上にグラフェンを作製した試料からの陽電子の反射強度とその解析結果
近年、省エネ・高速デバイスを実現するための重要な物質としての期待から、炭素の原子シートであるグラフェンの研究が世界中で行われています。グラフェンは2010年のノーベル物理学賞受賞の対象物質であり、電子の移動速度が早く、頑丈であるなど、応用上有用な性質を多く持つことが知られています。このように、グラフェン単体の性質は徐々に明らかになってきていますが、他の物質と接触したときのグラフェンの性質はまだよく分かっていません。グラフェンは原子1個分の厚みしかない極めて薄い物質のため、接触した物質から様々な影響を受けやすいと考えられます。これを解明するためには、グラフェン自体と、接触した物質との境目(界面)の構造を調べる必要がありますが、物質の最表面近傍の極めて薄い領域の解析は容易なことではありません。そこで私たちは、全反射高速陽電子回折(TRHEPD)法に着目し、グラフェンと金属との界面の構造の解明に着手しました。図3-7に、TRHEPD法の実験配置を示します。電子の反粒子である陽電子は、電子とは逆のプラスの電荷を持つため、物質の表面に入射すると反発力を受け、物質の内部に侵入することができません。そのため、TRHEPD法では物質内部からの影響なく、最表面近傍の構造を高精度で決定することができます。
今回私たちは、性質が異なるコバルトと銅の2種類の金属の基板上にグラフェンを作製し、TRHEPD実験を行いました(図3-8)。これらの試料を用いて陽電子の反射強度を測定したところ、金属基板の元素によって、ピーク位置が明瞭に違うことが分かりました。詳細な解析の結果、グラフェンとコバルトの間隔が2.06 Å,グラフェンと銅の間隔が3.34 Åとなり、両者では1 Å以上も間隔が違います。グラフェンを何層も重ねたグラファイトの層間距離である3.3 Åが弱い結合の基準とされるため、コバルトとグラフェンは強く結合し、銅とはほとんど結合していないことが分かりました。このように、金属基板の元素が異なると、グラフェンとの結合の様子が変わることを実験的に明らかにしました。
最近、様々な金属基板上で、自然界には存在しないシリコンの原子シートであるシリセンや、ゲルマニウムの原子シートであるゲルマネンの作製が試みられています。また、絶縁体基板上に超伝導物質の原子シートを作製すると、超伝導転移温度が著しく上昇することも見いだされています。今後は、最表面近傍の構造決定を得意とする本TRHEPD法を用いて、これらの新奇な原子シートと、それらの基板との界面の構造を解明していく予定です。
本研究は、高エネルギー加速器研究機構(KEK)との共同研究「高強度陽電子ビームを用いた全反射高速陽電子回折法の高度化と最表面構造物性の研究」の成果です。