4-8 加速器の構造材等の放射線による照射損傷の高精度な予測に向けて

−照射損傷モデル検証のための極低温照射装置の開発−

図4-17 本研究により開発した極低温照射装置

図4-17 本研究により開発した極低温照射装置

熱伝導度及び絶縁性に優れた2枚の窒化アルミ基板で固定した銅線のサンプルを、ターゲットアセンブリへ装着します。そして、GM冷凍機にターゲットアセンブリを装着して、熱伝導によりサンプルを冷却します。

 

図4-18 陽子エネルギーに対する銅のはじき出し断面積

図4-18 陽子エネルギーに対する銅のはじき出し断面積

本研究で新たに取得した実験値とBNLの実験値により、私たちが開発したPHITSの照射損傷モデルは、従来モデルに比べて、実験値を精度良く再現できることが分かりました。

 


加速器の構造材等の放射線による照射損傷の評価の指標として、照射領域に存在する全原子数に対するはじき出された原子数の比で定義されるDisplacement Per Atom(DPA)値があります。DPA値は、はじき出しの確率を表すはじき出し断面積に比例し、構造材等の寿命の指標となります。したがって、DPA値を精度良く予測できれば、機器の交換頻度等の運転計画の立案に役立ちます。私たちは、数MeV以上のエネルギー領域のはじき出し断面積の予測精度の向上を目指して、粒子・重イオン輸送計算コードPHITSにおいて、従来モデルでは考えられていなかった核反応を取り入れた照射損傷モデルの開発を行ってきました。

はじき出し断面積は実験で検証することが重要であり、そのために放射線照射でサンプルに生じた欠陥(はじき出された原子と残った空孔の生成)に伴う金属の電気抵抗増加を測定します。ここで、欠陥が修復しないよう、サンプルを極低温下の環境に置く必要があります。これまで唯一の米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)の実験では、サンプルを液体ヘリウム冷媒で冷却しましたが、多くの施設では安全面からこの冷媒を使用することができません。

そこで、私たちは、様々な加速器施設ではじき出し断面積の検証実験を行うため、可搬型のギフォード・マクマホン(GM)冷凍機を活用し冷媒を使用せずにサンプルを冷却する極低温照射装置を開発しました(図4-17)。この装置は、温度4 K程度まで冷却可能な全長50 cm程度のGM冷凍機に、銅及びアルミニウム板からなる高熱伝導度のターゲットアセンブリを通し、サンプルを熱伝導で冷却します。開発した装置により、京都大学原子炉実験所FFAG加速器施設で、エネルギーが125 MeVの陽子を照射した銅サンプル中の微小な電気抵抗増加(1.53 μΩ)の測定に成功し、この測定値から銅のはじき出し断面積を導出しました(図4-18)。本研究で新しく取得した実験値とBNLの実験値を用いると、私たちが開発したPHITS の照射損傷モデルの予測精度が、従来モデルに比べて格段に優れていることを検証することができました。

本研究により、様々な加速器施設で利用できるはじき出し断面積の測定のための極低温照射装置を世界で初めて確立し、今後実験値を用いて、広いエネルギー範囲の種々の放射線に対する照射損傷モデルを検証することが可能となりました。また、本研究で得た実験値は、国際原子力機関(IAEA)のはじき出し断面積に関する共同研究活動でも活用されています。