図5-7 ビーム位相拡がりを検出するバンチシェイプモニタの原理
図5-8 リニアックピークビーム電流15 mAのときのビーム位相波形
図5-9 加速空洞への印加電圧に対するビーム位相幅の変化
J-PARC加速器施設の最上流部にあるリニアックでは、負水素イオン(H-)ビームを、エネルギーに応じた複数の種類の加速空洞を用いて400 MeVまで加速します。ここでは、高周波(RF)に対するビーム重心の位相を測定するモニタを用いて、RFの位相設定値を決定しています。J-PARCのような大強度の加速器では、加速できなくなって散逸した粒子(ビームロス)による機器の放射化を低減することが重要です。リニアックの前段部では加速周波数324 MHz,下流の高エネルギー部ではその3倍の972 MHzを使用していますが、周波数がジャンプする場所では、位相の絶対値だけでなく位相幅までを含む調整が、ビームロス低減のカギとなります。そこで私たちは、H- ビームの位相拡がりを測定するバンチシェイプモニタを開発し、運転中に発生するビームロス量を1 W/mより小さくするチューニング方法を確立しました。
図5-7にバンチシェイプモニタの原理を示します。このモニタでは、駆動するホルダーの端に取り付けた金属ワイヤーに加速したH- ビームを衝突させ、二次電子を放出させます。この二次電子は元のビーム位相情報を持っているので、RFディフレクタの位相変化による二次電子の強度分布が得られ、H- ビームの位相幅を得ることができます。図5-8にビーム位相と信号強度の例を示します。時間方向の長さは、パルス幅(ここでは100 μs)を示します。この図の1 μsごとの分布の標準偏差から位相幅を求めます。図5-9にバンチシェイプモニタの上流側に設置した、チューニング用加速空洞の印加電圧に対する位相幅の変化を示します。光のレンズと同様に、印加電圧を上げるとRFからH- ビームが受ける力が大きくなり、焦点を結ぶように位相幅が小さくなります。この幅が最小となる焦点の位置は、電圧が増加するにつれて加速空洞側に近づきます。しかし、電圧が大きすぎると過焦点が生じ、位相幅が拡がって見えます。図のような曲線を、シミュレーションで得た位相幅と比較し、最適な印加電圧を求めることで、ビームロス量が1 W/mを下回るチューニングに成功しました。
同じ原理に基づくバンチシェイプモニタは、世界各国の大強度加速器で使用されています。J-PARCでは、世界に先駆けて大強度ビーム運転時の位相幅測定に積極的に使用し、周波数変化によるビームロスを低減する印加電圧を求めるなど、この計測による新しいチューニング方法を確立し、ビームロス量を低減したことで、大強度ビーム運転を実現しています。