5-3 液体金属中に小さな泡をつくり衝撃低減に成功

−世界一の核破砕中性子源を目指した水銀中微小気泡発生装置の開発−

図5-10 陽子ビーム入射により水銀中に初期圧力が発生する概念図

図5-10 陽子ビーム入射により水銀中に初期圧力が発生する概念図

水銀が内部を流動する水銀容器では、1 MWのパルス陽子ビームが水銀に入射すると、最大約40 MPaの圧力が水銀中に発生します。

 

図5-11 旋回流型気泡発生器

図5-11 旋回流型気泡発生器

(a)液体金属の渦により、ガスを粉砕して小さな泡をつくります。(b)渦の方向が交互になるように複数の発生器を配置して、泡の合体を防止します。

 

図5-12 水銀容器の負荷に対する小さな泡の効果

図5-12 水銀容器の負荷に対する小さな泡の効果

小さな泡を注入した水銀容器に300 kWの陽子ビームを入射した場合、水銀容器に発生する振動速度が1/3に低減することを、レーザー振動計を用いて実証しました。

 


J-PARCの核破砕中性子源では、パルス陽子ビーム(パルス幅: 1 μs,繰り返し: 25 Hz,出力: 1 MW)を水銀標的に入射して中性子を発生させ、その中性子を最先端の物質研究・材料研究等に供しています。水銀をステンレス製の水銀容器に包含しますが、水銀中では陽子ビームの入射で急激に温度が上昇し圧力が高まります(図5-10)。この圧力に起因し、水銀容器のビームが入射する尖頭部では、最大150 MPaの応力が繰り返し発生するとともに、キャビテーションによる壊食が起こることが予測されたため、疲労破壊の防止と壊食抑制の観点から、発生圧力を低減することが課題でした。

この解決策として、私たちは水銀中に入れたヘリウムガスの泡の変形で水銀の熱膨張を吸収することを着想しました。このとき、大きな泡は固有振動数が低く、水銀の熱膨張を吸収できないため、半径100 μm以下の泡を流動する水銀中につくることが重要な課題でした。

細いノズルで泡を注入する方法では、水銀の濡れ性が悪いため、ヘリウムガスがノズルに付着し、数ミリメートルの大きさの泡しか水銀の中に入りませんでした。そこで、新たに旋回流型の気泡発生器を開発しました(図5-11)。この方法では、円筒の中に水銀の渦(旋回流)をつくり、出口における渦の速さと圧力の半径方向の変化を利用して、ガスの塊を粉砕して小さな泡をつくります。また、気泡発生器の下流に残る水銀の渦で泡が合体しないように、複数の気泡発生器を、回転方向が交互になるように並べて、渦を消す独自の工夫を凝らしました。さらに、水銀中に渦をつくる羽根の角度と生成される泡の大きさの関係を実験的に調べ、水銀流動用ポンプへの負荷も考慮して、最適な形状を決定した結果、半径90 μmの泡の生成に成功しました。

開発した気泡発生器を水銀容器に設置し、図5-12に示すように、小さな泡を入れた場合の水銀容器の振動速度が、泡のない場合に比べて1/3程度に低減することを実証しました。これは、陽子ビーム出力1 MW運転時に、容器に発生する応力が150 MPaから50 MPa程度に低下することに相当し、疲労破壊を防ぐ条件(90 MPa以下)を満足します。

今後は、段階的にビーム出力を1 MWまで上昇させる途上で、実機の容器から試験片を切り出して壊食抑制の効果を定量的に評価しながら、ビーム出力1 MWを入射できることを実証し、世界一の中性子強度の核破砕中性子源を目指していきます。