図5-13 SENJU本体の写真及び概略図
図5-14 SENJUで捉えたタウリンの散乱シグナル
図5-15 SENJU用試料回転台
単結晶中性子構造解析法は、結晶中における水素原子や磁気スピンの分布を高い精度と信頼性で決定し、物質の構造と機能の関係を明らかにできる強力な分析手法です。しかし、これまでは数ミリ角という巨大な単結晶試料の調製が必要となり、解析可能な試料は大きく制限されてきました。これに対して私たちは、J-PARC物質・生命科学実験施設の大強度中性子を最大限生かすことで、従来の1/10以下である0.1 mm3程度の単結晶でこの手法を実現し、加えて低温下に代表される特殊環境下での測定をも可能とした実験装置である特殊環境微小単結晶中性子構造解析装置「SENJU」の開発に成功しました。
SENJUでは真空試料槽の採用やコリメータ形状の工夫によって入射中性子由来のバックグラウンドを極力排したことで、微小な単結晶試料からの微弱なシグナルを確実に捉えられます。また、試料周りの広い空間を図5-13のように37台の二次元検出器で囲うことで、試料から散乱される中性子を効率的に検出できます。大強度中性子に加えてこれらの装置としての特徴が、SENJUで微小単結晶の構造解析を実現する鍵となりました。
実際の測定の例として、図5-14に標準試料の一つであるタウリンの0.1 mm3(φ0.6 mm)の単結晶試料からのシグナルを示します。このシグナルは1時間あたり1カウント以下と非常に微弱ですが、バックグラウンドに対して明確に有意なピークとして観測できています。このような微弱なピークを7日間で980本観測し、それらをもとに水素原子を含むタウリン全原子の立体構造決定に成功しました。
さらにSENJUでは、真空,低温環境下で動作するピエゾ回転子を用いた試料回転台(図5-15)を新たに開発することで、10 K以下の低温環境下でも構造解析用データの測定に必要な試料の2軸回転を実現しました。従来の類似の装置では低温下での試料結晶の回転は1軸のみに限られ、構造解析に必要なシグナルの一部しか測定できなかったのに対し、SENJUでは低温下でも構造解析に必要なほぼ全てのシグナルを測定できるようになりました。
SENJUによって単結晶中性子構造解析を実現した微小単結晶のサイズは物性測定に用いるものと同程度です。すなわち、各種物性測定と同一条件、同一結晶で単結晶中性子構造解析手法を活用できる新たな研究環境を整えた点で、SENJUは物質科学研究の大きな飛躍に役立つと考えています。