4-9 海洋に放出された放射性物質の拡散を予測する

−原子力事故による海洋汚染を迅速に予測するシステムを開発−

図4-18 STEAMERのシステム構成と処理の流れ

図4-18 STEAMERのシステム構成と処理の流れ

気象庁から海象予報データを受信し、海洋拡散モデルによる1ヶ月先までの予測計算を実行し、計算結果を可視化するまでに必要となる時間は約3時間です。

 

図4-19 1F事故による放射性物質の海洋拡散の計算例

図4-19 1F事故による放射性物質の海洋拡散の計算例

2011年4月15日におけるセシウム-137の海表面の濃度分布を推定した結果です。大気からの降下による広域分布と海洋への直接放出による近海での高濃度分布を良好に再現しています。

 


原子力施設等で万が一の事故により放射性物質が環境中に放出されると、放射性物質は大気・陸域経由または直接海洋へ放出され、海洋汚染を引き起こします。海洋環境の汚染状況を把握し緊急時対策を検討するために、事故により放出された放射性物質の分布と移行過程を予測することは、日本国内のみならず近年原子力発電所の立地が進む東アジアを包囲する海洋において重要です。そこで私たちは、日本周辺海域の原子力施設等で万が一の事故により放射性物質が異常放出された際に、放射性物質の海洋拡散を迅速に予測可能な新たな計算シミュレーションシステム(緊急時海洋環境放射能評価システム、Short-Term Emergency Assessment System of Marine Environmental Radioactivity:STEAMER)を完成させました(図4-18)。

STEAMERは、独自に開発した放射性物質の海洋拡散モデルに、気象庁による最新の海象予報オンラインデータを入力し、放射性物質の海洋放出量の情報を設定することにより、海水中及び海底堆積物中の放射性物質の濃度を1ヶ月先まで予測可能なシステムです。日本を含む東アジア諸国の原子力施設及び日本周辺海域における任意の場所からの放射性物質の放出に対して、その後の拡散状況を推定することが可能です。また、原子力機構が開発した放射性物質の大気拡散を予測する緊急時環境線量情報予測システム(世界版)WSPEEDIと結合して用いることで、大気を経由して海洋へ降下する放射性物質の分布を推定することも可能です。東京電力福島第一原子力発電所(1F)事故による海洋汚染状況の再現計算(図4-19)を実施し、システムによる推定結果が観測を良好に再現したことから、本システムの高い推定性能を実証することができました。また、約2年5ヶ月にわたる試験運用によりシステムの安定性と堅牢性を確認しています。

本システムにより、海洋汚染予測情報に基づく海洋モニタリング測点の設定、海洋モニタリング結果を用いた放射性物質の海洋への放出量推定と汚染分布の再現、これらに基づく禁漁海域及び航行禁止海域の設定など、緊急時対策の検討及び事故の詳細解析に資することが可能となります。