5-7 放射光で明らかになったアクチノイド化合物の電子状態

−超伝導と磁性の共存を示すウラン化合物の電子状態−

図5-17 角度分解光電子分光の模式図

図5-17 角度分解光電子分光の模式図

(a)角度分解光電子分光の測定配置です。試料に光を入射し、放出される光電子のエネルギー・角度依存性を測定します。(b)角度分解光電子スペクトルです。横軸の電子運動量は光電子放出角度の関数となります。最も高い電子エネルギーがフェルミ準位(EF)に対応します。

 

図5-18 超伝導と強磁性の共存を示す(a)URhGe及び(b)UCoGeのバンド構造とフェルミ面の比較

図5-18 超伝導と強磁性の共存を示す(a)URhGe及び(b)UCoGeのバンド構造とフェルミ面の比較

横軸は電子運動量であり、実験スペクトルイメージの色は光電子の強度で、強弱は図5-17と同じです。計算によるバンドの色(赤、緑)はそれぞれウランと遷移金属原子からの寄与を示します。縦軸のEFはフェルミエネルギーです。

 


ウラン化合物などのアクチノイド化合物は、多様な磁性や超伝導など複雑な物性を示しており、強相関電子系の中でも特徴的な位置を占めています。特に、ウラン化合物では超伝導が磁気秩序と共存することが多いことから、超伝導と磁性がどのように競合・共存しているかという物性物理学における普遍的な問題を理解する上で重要な化合物となっています。ウラン化合物におけるこれらの特異な物性は、電子相関効果によって遍歴性・局在性の両方の性質を併せ持つU 5f 電子の性質に起因していますが、いまだにその統一的な理解には至っていません。

原子力機構専用ビームラインSPring-8 BL23SUはウランなどの放射性物質を非密封で取り扱うことが可能であり、特に軟X線領域においては世界的に見ても唯一の環境となっています。物質内部の電子状態を調べることができる軟X線角度分解光電子分光は、物質の電子状態を特徴づけるバンド構造フェルミ面といった物理量を直接観測することができます。図5-17に角度分解光電子分光の模式図を示します。放出された光電子の運動エネルギーと角度分布を測定することによって、バンド分散、さらにはフェルミ面の形状を実験的に導出することが可能です。私たちは、これまで多くのウラン化合物の電子状態を明らかにしてきました。

本研究では、超伝導と磁性が共存するウラン化合物に対して軟X線角度分解光電子分光により得られたバンド構造をバンド計算の結果と比較しました。ウラン化合物の中には、従来は相反する性質であると考えられてきた超伝導と強磁性が共存する物質系が発見されて注目を集めています。図5-18に(a)URhGe、(b)UCoGeのバンド構造とバンド計算の結果の比較を示します。実験の結果、これらの化合物の大まかなバンド構造は、バンド計算によって説明されることが分かりましたが、一方で、物質の電気伝導的な性質を決定しているフェルミ準位近傍の構造については一致が悪くなることが分かりました。以上の結果は、超伝導や強磁性を担うU 5f 電子は基本的に遍歴的な性質を持ちながらも、電子相関効果を持つことを示しています。この結果は、ウラン化合物の電子状態を理解する上で基礎的な情報であるだけではなく、超伝導と磁性共存のモデルを考える上でも役立つと期待されます。