5 中性子利用研究等

幅広い科学技術・学術分野における革新的成果の創出を目指して

図5-1 物質・生命科学実験施設(MLF)の中性子実験装置群

図5-1 物質・生命科学実験施設(MLF)の中性子実験装置群

第2実験ホールの写真です。本章で成果を紹介する3台の実験装置(SENJU、iMATERIA、RADEN)の位置を白線で示します。

 

図5-2 トピックス5-7で使用されたSPring-8 BL23SU

図5-2 トピックス5-7で使用されたSPring-8 BL23SU

軟X線ビームラインであり、表面化学、生物物理分光、固体物理の分野での利用研究が展開されています。

 


原子力機構では、科学技術基本計画に基づき中性子利用研究や放射光利用研究を通して科学技術イノベーションの創出を促し、科学技術・学術の発展や産業の振興に貢献することを目指しています。そのため、大強度陽子加速器施設J-PARCや、大型放射光施設SPring-8のビームライン等を活用して、中性子施設・装置の高度化や、中性子・放射光を利用した原子力科学、物質・材料科学を先導する研究開発を行っています。



(1)J-PARCに関する研究開発

J-PARCは、リニアック、3 GeVシンクロトロン、50 GeVシンクロトロンの三つの陽子加速器と、中性子、ミュオンを用いて物質・材料研究に関する実験を行う物質・生命科学実験施設(MLF)、K中間子等を用いた原子核・素粒子実験を行うハドロン実験施設及びニュートリノを発生させるニュートリノ実験施設から成り、国内外の利用に供しています。

2016年度、J-PARCでは、MLFに150 kWから200 kWのビームを供給し、目標の7サイクル(154日)の中性子利用運転を、90%を超える良好な稼働率で実施しました。MLFでは、中性子実験装置19台とミュオン実験装置2台を運用し、物質科学、材料科学等にかかわる幅広い実験が行われたほか、国際的な人材育成に貢献する中性子・ミュオンスクール等も開催されました。中でも、エネルギー分析型中性子イメージング装置、螺鈿(RADEN)(図5-1)では、中性子が鉄鋼材料を透過する際のブラッグ反射に起因する特徴的なエネルギー依存性を二次元的に取得・解析し、実用鉄鋼材料の結晶組織情報の可視化(直接取得)に成功しました。この結果は、中性子回折や電子線後方散乱回折による検証結果とも良く一致し、従来の中性子ラジオグラフィを凌駕する精度が得られ、今後、実用製品の性能向上に本手法が貢献することが期待されます。本章では、特殊環境微小単結晶中性子構造解析装置(SENJU)(図5-1)を用いて、中性子回折法により、中性子吸収が大きい希土類元素を含む物質の磁気構造解析に成功した成果(トピックス5-1)と、多層膜の磁性材料の構造解析における斜入射偏極中性子散乱法の有効性を示す成果(トピックス5-2)を紹介します。

加速器においては、目標であるビーム出力1 MWでの安定運転を目指してビーム調整試験と機器の高度化が進められました。リニアックでは、加速ビーム電流40 mAで安定に運転を行うとともに、イオン源で約1350時間の連続運転を達成しました。3 GeVシンクロトロンでは、高出力化の妨げとなるビーム不安定性の発生要因について、数値解析や試験により加速段階のビーム挙動を精査した結果、加速の後半で安定性を向上させる必要性を見いだしました(トピックス5-3)。


(2)中性子や放射光を利用した研究開発

物質科学研究センターは、中性子や放射光を用いた先端分析技術を開発・高度化し、幅広い科学技術・学術分野における革新的成果・シーズの創出を目指しています。

2016年度、中性子利用研究では、J-PARC MLFのiMATERIA(図5-1)で世界最速の中性子回折集合組織測定法を開発しました(トピックス5-4)。この成果は、自動車の軽量化等につながる研究開発に役立つことが期待されます。また、小角中性子散乱法により、体内に薬剤等を輸送するドラッグデリバリーキャリアとして期待されるハイドロゲルナノ粒子の微細構造を明らかにしました(トピックス5-5)。放射光利用研究では、SPring-8の高輝度放射光を用いて、優れた機械特性を持つステンレス鋼SUS304を調査し、新規ナノサイズ結晶相を発見しました(トピックス5-6)。本研究の成果は今後、水素によるステンレス鋼の脆化の機構解明等につながると期待されます。また、軟X線角度分解光電子分光(図5-2)を超伝導と磁性が共存するウラン化合物に適用し、その電子状態を明らかにしました(トピックス5-7)。今後の物質開発にも役立つと考えられています。