図5-3 SENJUの検出器で捉えたEuGa4からの中性子回折パターン
図5-4 20 Kと4 Kでのある面上での中性子回折強度分布
図5-5 中性子によって導き出されたEuGa4の4 Kでの結晶構造と磁気構造
中性子回折による磁気構造(スピンの配列)の解析は、物質の磁気的性質を調べるための重要な手段の一つです。特に、単結晶試料を用いれば複雑な磁気構造でも高精度で決定することができます。しかしながら、ユウロピウム(Eu)、サマリウム(Sm)、ガドリニウム(Gd)などの希土類元素は中性子の吸収が非常に大きく、また、中性子のエネルギーと吸収の大きさの関係が複雑なため、これらの元素を含む物質の磁気構造の決定は容易ではありませんでした。この課題に対して私たちは、J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)の大強度パルス中性子を活用した高効率測定によって物質構造を精度良く決定できる特殊環境微小単結晶中性子構造解析装置(SENJU)で得られた質の高い中性子回折データに、大きくかつ複雑な中性子吸収に対応した中性子吸収補正法を開発して適用することで、122系と呼ばれる多様な物性を示す一連の化合物の最も基礎的な形態であると考えられているEuGa4の磁気構造解析に成功しました。
図5-3はSENJUの試料周囲に設置された検出器で捉えた、EuGa4からの中性子回折パターンです。非常に大きい中性子吸収のため、通常の物質では見られない影が現れていますが、個々の回折斑点は明瞭に観測されています。この斑点一つ一つの強度を正確に得られればその物質の内部の原子やスピンの配列を知ることができますが、吸収が大きい場合、観測された強度そのものからは正しく構造を得ることができません。そこで、原子核データベースに登録されているEuの中性子吸収断面積のエネルギー依存性をもとに回折強度を補正する方法を開発し、解析に適用しました。また、回折斑点の強度だけでなく、位置にも重要な情報が含まれています。図5-4はEuGa4の結晶格子を反映したある面上に中性子回折強度の分布を焼き直したものです。スピンの配列が規則的になると予測されていた温度(16 K)以下で新たな斑点が現れており、その位置からおよそのスピン配列を予測できます。このような情報と、中性子以外の磁気的な測定の結果から、EuGa4の磁気構造は図5-5のようにスピンの方向が互い違いになった構造であり、磁気モーメントの大きさ(緑の矢印の長さ)は2価のEuとして理想的な大きさであることが導き出されました。
まだまだ謎の多い希土類化合物の物性ですが、装置とともに手法の開発を進め、構造の面からその未知の部分へ迫りたいと考えています。