10-1 新たな年代測定法の開発

−試料中の放射平衡を利用して分析時間を短縮−

図10-2 同位体標準物質を用いない年代測定法の概要を表す式

図10-2 同位体標準物質を用いない年代測定法の概要を表す式

試料中で放射平衡の状態にある234Th/238U比は半減期より計算できます。試料中の230Th/234Th同位体比及び234U/238U同位体比の測定結果と本式より、年代測定に必要な230Th/234U比を明らかにすることができます。

 

図10-3 U標準物質(U100)の年代測定結果

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図10-3 U標準物質(U100)の年代測定結果

本法をU標準物質の年代測定に適用したところ、実際の精製日と測定誤差の範囲で一致する結果が得られました。

 


核物質・放射性物質を用いたテロへの対策として、それらの物質のセキュリティ強化が、各国の責任として求められています。その一環として、核物質・放射性物質が犯罪等に用いられた場合、それらの物質の元素組成、物理・化学的形態等を分析し、その物品の出所、履歴、輸送経路、目的等を分析・解析する核鑑識技術の整備が各国で進められています。核物質の年代測定は、核物質が最終的に精製された日を明らかにする技術であり、推定された精製日は、核鑑識において重要な情報とされています。

年代測定の原理としては、例えば、ウラン(U)試料の製造過程において、U以外の元素は分離されるため、製造時のU試料中には、その子孫核種のトリウム(Th)は含まれないと仮定できます。一方で、時間の経過とともに、分離精製されたU試料中に再び子孫核種のThが一定の速度で生成されていきます。したがって、試料中の親核種Uと子孫核種Thの比を測定することで、製造日を明らかにすることができます。試料中の親核種Uと子孫核種Thの比を測定するためには、試料に既知量の同位体を添加し、質量分析計で同位体比を測定する「同位体希釈質量分析法」が広く用いられています。試料中のUとThを正確に定量することができる非常に優れた手法ですが、添加する既知量の同位体標準溶液の濃度管理や、試料の厳密な重量測定・希釈操作が必要となります。そこで、試料中で放射平衡状態にある238U/234Th比を利用するという新たな発想の下、より簡便な分析操作によるUの年代測定法の確立に取り組みました。本法では、同位体標準溶液を添加する必要がなく、試料中のTh同位体比(230Th/234Th)とU同位体比(238U/234U)を測定することにより、年代測定に必要な230Th/234U比を明らかにすることができます(図10-2)。

実際の分析操作としては、U試料を酸溶液に溶解させた後、2段階のイオン交換分離によってUとThを分離精製し、表面電離型質量分析計によってU及びTh同位体比を測定します。従来法である同位体希釈質量分析法では、試料の厳密な重量測定や希釈操作及び同位体標準溶液の添加後の待ち時間などが影響し、約3日間の分析時間を要しますが、新たに開発した方法では、分析操作を6時間で完了することができ、迅速化を達成しました。本法をU標準物質の年代測定に適用したところ、実際の精製日と測定誤差の範囲で一致する結果が得られました(図10-3)。

現在は、本法のアイディアを放射線計測に適用した方法及び従来法である同位体希釈質量分析法との比較実験を、欧州共同研究センターとの共同研究として実施しており、本法の確証試験を進めています。