4-7 核破砕生成物収量の予測精度向上に向けて

−高エネルギー粒子により原子核が核分裂する確率モデルを高度化−

図4-14 核破砕反応における核分裂と粒子放出の競合

図4-14 核破砕反応における核分裂と粒子放出の競合

核内カスケード過程で生まれた高励起状態の原子核は、脱励起過程で安定な状態になるまで粒子を放出し続けますが、核分裂することもあります。

 

図4-15 核分裂断面積の比較

図4-15 核分裂断面積の比較

原子核が核分裂する確率は、“核分裂断面積”という用語で表されます。従来モデルは、核分裂断面積を実験値より大幅に小さく評価していましたが、私たちが提案したモデル式を用いることで、様々なエネルギーの入射粒子と標的原子核に対して、実験値を精度良く再現することが分かりました。

 


高エネルギーの粒子が原子核に衝突すると、核破砕反応と呼ばれる反応が起こります。核破砕反応は、その時間的なプロセスとメカニズムから、二つの過程に分けられます(図4-14)。最初に、原子核を構成している中性子や陽子が衝突などの相互作用を繰り返しながら原子核の外へ飛び出す“核内カスケード過程”が生じます。この過程で残った原子核は、高い励起状態にあり不安定なため、粒子を放出することで安定になろうとします。これを“脱励起過程”といいます。鉛や水銀などの重い原子核は、この過程で粒子放出の他に核分裂することもあります。これらの一連の過程を通して生成する粒子や原子核を“核破砕生成物”と呼びます。

核破砕反応をシミュレーションする核反応モデルは、J-PARCや加速器駆動核変換システム(ADS)などの様々な高エネルギー加速器施設の設計に用いられてきましたが、核破砕生成物の収量は、複雑な理論のためにモデルの高度化が難しく、満足のいく精度で予測できるには至っていません。とりわけ、最新の核反応モデルによる計算では、核分裂で発生する原子核(“核分裂生成物”)の収量を大幅に過小評価することが指摘されており、この予測精度向上が課題となっていました。

そこで私たちは、脱励起過程で発生する核分裂のしやすさ、すなわち高エネルギー粒子により原子核が核分裂する確率に着目し、これを様々なエネルギーの入射粒子と原子核に対して予測するモデル式の開発に取り組みました。その結果、これまで複雑な理論式で表されていた核分裂の確率を、より簡便なモデル式で表すことに成功しました。図4-15に、私たちが提案したモデル式と従来モデルによる計算の比較を示します。提案モデル式は、従来モデルよりも実験値をよく再現していることが分かります。この研究により、核分裂生成物の収量を従来よりも約5倍の精度で予測できることを確認しました。今後、他のメカニズムで発生する核破砕生成物にも着目し、核反応モデルの一層の高度化を行っていく予定です。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金若手研究(B)(No.17K14916)「180度方向中性子エネルギースペクトルの測定と核破砕反応モデルの改良」の助成を受けたものです。