5-1 大強度陽子加速器のさらなる高度化に向けて

−新しいビーム設計手法による高周波四重極リニアックの開発−

図5-2 高周波四重極リニアック(RFQ)の概念図

図5-2 高周波四重極リニアック(RFQ)の概念図

ビームを取り囲む4枚の羽(ヴェーン)によって生成される電場で、ビームの加速・収束を行います。

 

図5-3 等分配法で要求される電場分布を得るための三次元設計手法

図5-3 等分配法で要求される電場分布を得るための三次元設計手法

等分配法で要求される磁場分布を得るために三次元モデル(a)を用いたRFQ形状設計を行い、(b)で示すように実際の電場を測定、要求と同一の分布が得られました。

 

図5-4 開発したRFQのビーム試験

拡大図(142kB)

図5-4 開発したRFQのビーム試験

(a)開発されたRFQを、試験設備を用いて試験しました。(b)はビームの広がりを示す指標である、ビームの位置と角度の位相空間内での分布の測定で、RFQへの入射ビームの不定性等の範囲内で(c)のシミュレーションと一致しています。

 


高周波四重極リニアック(RFQ)は、大強度陽子加速器施設J-PARC加速器群の中で最も上流に位置しており、J-PARCのビームの質を決定づける重要な加速器です。私たちは、大電流ビームを加速するために最適なビーム力学設計を取り入れた、これまでにないRFQを実現しました。

RFQは、速度の遅い粒子を効率良く加速するために、図5-2に示すようにビームを取り囲むヴェーンと呼ばれる4枚の羽根によって生成される電場を用います。J-PARCの要求を満たすためには60 mAのビームを加速する必要がありますが、このような大電流ではビーム内の粒子自身が持つ電荷による反発力(空間電荷発散力)が大きく、それをどのように抑え込むかが大きな課題となります。

そこで私たちは、通常のリニアックで主流となっている等分配法に着目しました。この手法は、ビームが広がらないように束ねる力(収束力)とビームを加速する力(加速力)を、空間電荷発散力を取り入れながらバランス良く配分していくビーム力学設計手法で、大電流ビームの加速に適しており、J-PARCリニアックでもRFQより後段で採用しています。ところが、通常の加速器では収束力と加速力はそれぞれ独立に調整できるのに対し、RFQではヴェーンの形状のみで収束と加速のための電場の両方を発生させるという構造上の制約があり、理想的なビーム力学である等分配法を採用すると従来のRFQに比べて複雑な電場分布が必要となることが大きな困難となっていました。この困難を避けるため、最初のステップとして、ビーム力学上重要な部分に限定して等分配法を適用することで、より容易に実現できる平坦な電場分布を持つRFQを実現しました。このRFQはJ-PARC RFQの現行機として日々利用運転にビームを供給し続けています。

私たちはRFQのさらなる性能向上を目指し、現行機開発の実績を踏まえ開発を推し進めました。ビームシミュレーションを入念に行い、また、図5-3に示すように、三次元電磁場設計ツールを駆使した、等分配法で要求される電場分布を得る手法を新たに開発しました。これらにより、高い信頼性が要求される利用運転用のRFQとして世界で初めて等分配法を全面的に採用したRFQの開発に成功、図5-4に示すようにビーム試験を行い、要求されるビーム性能が達成されていることを確認しました。このように、ビーム力学の最適化により、J-PARCの要求性能が、全長を現行機比の15%も短縮したコンパクトなRFQで実現できることを実証しました。

今回開発に成功したRFQのビーム設計手法は、距離当たり従来の15%増しという、高い加速効率が低コスト化に貢献することから、J-PARCのような大規模施設だけでなく、近年需要が高まっている小型中性子源用リニアックといった幅広い用途に用いられることも期待されています。

(近藤 恭弘)