5 中性子及び放射光利用研究等

幅広い科学技術・学術分野における革新的成果の創出を目指して

図5-1 J-PARC物質・生命科学実験施設第1実験ホール

図5-1 J-PARC物質・生命科学実験施設第1実験ホール

 


原子力機構では、科学技術基本計画に基づき中性子利用研究や放射光利用研究を通して科学技術イノベーションの創出を促し、科学技術・学術の発展や産業の振興に貢献することを目指しています。そのため、大強度陽子加速器施設J-PARCや、大型放射光施設SPring–8のビームライン等を活用して、中性子施設・装置の高度化や、中性子・放射光を利用した原子力科学、物質・材料科学を先導する研究開発を行っています。

 

(1)J-PARCに関する研究開発

J-PARCは、リニアック、3 GeVシンクロトロン、50 GeVシンクロトロンの三つの陽子加速器と、中性子、ミュオンを用いて物質・材料研究に関する実験を行う物質・生命科学実験施設(MLF)、K中間子等を用いた原子核・素粒子実験を行うハドロン実験施設及びニュートリノを発生させるニュートリノ実験施設から成り、国内外の利用に供しています。

加速器においては、目標であるビーム出力1 MWでの安定運転を目指したビーム調整試験と機器の高度化が進められました。特筆すべきは、1 MWで10.5時間の連続運転をおおむね安定的に実施できたことです。機器高度化として、加速器初段の高周波四重極リニアック(RFQ)を新規に開発しました。このRFQは大電流ビームを加速するために最適なビーム力学設計を取り入れた、これまでにないRFQであり、加速器のさらなる安定運転が期待できます(トピックス5-1)。3 GeVシンクロトロンでは、新しいビームフィードバックシステムを導入し、加速後の取出しビームの質を向上させ、ビームロスのさらなる低減を実現しました。

2019年度、MLFでは年間を通して500 kWのビームを安定供給し、目標の7サイクル(153日)の中性子利用運転を行い、中性子実験装置21台とミュオン実験装置2台を運用する中で、物質科学、材料科学等にかかわる幅広い実験を実施しました。中でも、ビームラインBL11の超高圧中性子回折装置「PLANET」(図5-1)では、地球深部(地下約520 kmに相当)18.1万気圧の試料環境を創り出し、地表の含水鉱物中の水素が、片側の酸素と短い共有結合(O–H)で、もう片側の酸素と水素結合(H…O)で固定されているところ、高圧下では水素が二つの酸素間の中点に位置する「対称化」が起きることを初めて発見しました(トピックス5-2)。

MLFの1 MWでのより長期の安定運転を可能にするための研究の一環としては、大強度陽子ビームが水銀標的に入射した際に瞬間的な発熱に伴って発生する減圧沸騰(キャビテーション)を抑え込むため、外壁に対して狭い水銀流路を隔てて内壁を設け、その流路幅の影響、水銀の流れの効果を実験しました。そして、壁の幅が狭いほど、また水銀の流動によって、壁に作用するキャビテーションの衝撃が低減し、損傷が著しく低減されることを確認しました(トピックス5-3)。これらの実験の結果を踏まえて、製作・使用された実機標的容器では、二重壁構造の採用によって損傷を劇的に抑えることに成功しました。

 

(2)中性子や放射光を利用した研究開発

物質科学研究センターは、中性子や放射光を用いた先端分析技術を開発・高度化し、幅広い科学技術・学術分野における革新的成果・シーズの創出を目指しています。

2019年度、中性子利用研究では、鉄鋼材料の強度や延性などの材料特性に大きな影響を及ぼす金属組織の新たな解析技術の開発を行い、理化学研究所が開発を進めている小型加速器中性子源RANSを使った実証実験に理化学研究所と共同で成功しました(トピックス5-4)。本成果により、研究室や工場などのより生産現場に近いところで、小型中性子源を用いた金属組織の評価が可能となり、革新的な材料開発・製品開発が進むことが期待されます。また、東京大学、東京工業大学、高輝度光科学研究センター、総合科学研究機構と共同で、中性子非弾性実験によって得られた結果を最新の計算科学によって解析することにより、蛋白質の機能発現の鍵となる構造変化に関する新たな知見を得ました(トピックス5-5)。この結果から、蛋白質の機能発現機構の解明に中性子非弾性散乱がますます有力な実験手段となることが期待されます。近年、発火の危険性が少なく、より安全な電池として、イオン液体を電解液として利用することが注目されています。中性子反射率法により、これまで理解が難しかった電極とイオン液体の界面近傍の構造を明瞭に捉えることに成功しました(トピックス5-6)。

放射光利用研究では、物質・材料研究機構、産業技術総合研究所と共同で、現状で問題となっている書き換えによる劣化が生じない次世代不揮発性メモリとして有力な候補材料となっているアモルファスアルミ酸化物のメモリ動作原理を世界で初めて解明しました(トピックス5-7)。この成果により、今後、書き換えによる劣化が生じず、消費電力が非常に少ない次世代不揮発メモリの開発が進展することが期待されます。2018年末に新しい超伝導体UTeが発見され、世界中で注目されています。私たちは、これまでのウラン化合物の研究経験を活かし、世界に先駆けてこの新規超伝導体の電子状態を明らかにすることに成功しました(トピックス5-8)。ウラン化合物の磁性や電気伝導など多様な物性の普遍的な理解にも一層の貢献が認められるものです。