5-4 ものづくり現場で中性子線を使った材料分析が可能に

−小型加速器中性子源を利用して鉄鋼材料の集合組織測定に成功−

図5-9 小型中性子源用に新たに開発し、RANSで実証実験に成功した集合組織測定技術の模式図

図5-9 小型中性子源用に新たに開発し、RANSで実証実験に成功した集合組織測定技術の模式図

理研小型加速器中性子源RANSにより発生した中性子線を回折計に設置した試料に照射します。その試料からの回折線は、16分割した中性子検出器の一つ一つのパネルにより検出されます。試料を二つの軸で回転させることにより、試料の全方位の回折パターンを測定します。

 

図5-10 結晶の向きの分布を等高線で表した図(極点図)

図5-10 結晶の向きの分布を等高線で表した図(極点図)

小型中性子源RANSで測定した鉄鋼材料の極点図は、大強度陽子加速器施設J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)のBL19に設置された工学材料回折装置「匠」で測定した極点図とよく一致しました。ここでは、110と200は中性子回折パターンの回折面指数を表します。

 


鉄鋼材料は、それぞれ異なる方向を向いている複数の小さな結晶の粒(結晶粒)によって構成されている多結晶体です。圧延や加熱によって、この結晶粒の向きの偏り(集合組織)が形成され、強度や延性などの材料特性に影響します。自動車などの軽量化の実現には、高強度と高延性を両立した鉄鋼材料の開発が不可欠ですが、この集合組織を定量的に把握し適切に制御することが重要と言われています。数立方センチメートルの鉄鋼試料に対して集合組織を測定するには、透過性の高い中性子を用いる回折法は有効ですが、これまでその中性子源は研究用原子炉などの大型実験施設に限られていました。そこで、理化学研究所が開発してきた理研小型加速器中性子源RANSと、原子力機構が開発してきた中性子回折法による集合組織測定技術とを組み合わせることで、ものづくり現場で実現できる中性子回折法による集合組織測定技術の開発を行いました。

小型加速器中性子源を利用した回折実験では、弱い回折線をいかに効率良く検出するかが重要です。そこで、回折計の構築においては、遮へい体を効率的に配置することで測定の妨害をする信号を低減し、複数の回折ピークを識別できるようにしました。また、試料に当てる入射中性子線の角度を変えるために、試料を二つの軸で回転させる新たな方式を取り入れるとともに、回折計に設置された検出器の有感領域を分割することで、16の異なる方向に回折する回折線の同時検出を可能にしました(図5-9)。これにより、試料を回転させる回数をできる限り少なくすることが可能となり、測定時間を大幅に短縮しました。そして、測定した弱い回折パターンを有効に活用するために、解析条件の最適化を行うことで、小型加速器中性子源を用いた鉄鋼材料の集合組織を測定することに世界で初めて成功しました。今回の結果は、大強度陽子加速器施設J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)のBL19に設置された工学材料回折装置「匠」で測定した結果とほぼ一致しており、中性子ビーム強度が3桁違う大型実験施設の約0.5時間の測定結果と比較して、約5.0時間の小型加速器中性子源の測定で、同等の精度で集合組織測定が可能であることが示されました(図5-10)。

本成果により、研究室や工場レベルで集合組織の測定を行うことも夢ではなく、ビーム強度がより強い大型実験施設との相補利用によって、革新的な材料開発・製品開発が進むことが期待されます。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(B)(No.17H03161)「中性子ハイブリット回折が拓く現場利用バルク金属残留応力計測技術の開拓」の助成を受け、理化学研究所との共同研究により得られた成果です。

(徐 平光)