5-3 内壁の改良と速い流れで水銀標的容器損傷を抑制

−二重壁構造の採用で高出力核破砕標的を実現−

図5-6 二重壁構造を採用した水銀標的容器写真と断面図

図5-6 二重壁構造を採用した水銀標的容器写真と断面図

1 MWのパルス陽子ビームが衝突すると、最大約40 MPaの圧力が水銀中に発生します。圧力が高くなる先端部に狭い水銀流路を隔てて、内壁を設ける二重壁構造を採用しました。

 

図5-7 壁間隔2 mmで流速を変化させた場合の実験結果

図5-7 壁間隔2 mmで流速を変化させた場合の実験結果

流速が増加すると壁面近傍の圧力分布が変化して、壁に作用するキャビテーションによる衝撃が低減することを実験で確認しました(レーザー顕微鏡で撮影)。

 

図5-8 水銀標的容器内壁に形成された損傷

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図5-8 水銀標的容器内壁に形成された損傷

非常に放射線が強いため、シリコンゴムで損傷の型を取り、三次元的な損傷の測定をしました。(a)狭い水銀流路に接する外壁との損傷は、(b)内壁と比較して劇的に損傷が抑えられることを実証しました。

 


大強度陽子加速器施設J-PARCでは、高速の陽子ビームを液体水銀に衝突させて、原子核を壊すことで発生する中性子を、物質や材料の特性を調べる様々な実験装置に提供しています。実験装置の測定性能を高めるには、より強い陽子ビームを衝突させることが求められます。水銀の入ったステンレス鋼製の容器(標的容器)に陽子ビームを衝突させると、陽子ビームのエネルギーの約半分は水銀原子の崩壊による中性子の発生に使われ、残りの半分は熱に変わります。J-PARCで目標とする1 MWでは、水銀の瞬間的な熱膨張によって、部分的に約40 MPaまで高まった圧力が波となって水銀の中を伝わる過程で、圧力が飽和蒸気圧以下まで下がり、減圧沸騰(キャビテーション)が発生します(図5-6(a))。圧力が戻るときに、キャビテーションによる泡が瞬時に崩壊することで容器の壁に衝撃が加わり、壁を損傷させます。壁の損傷は、時間と陽子ビームの強度によって進行し、容器の耐久性を著しく低下させるため、壁の損傷を抑えることが大強度の陽子ビームを長期間安定して受けるための大きな課題でした。

これまでに、水銀の中に微小な泡を注入し、泡の収縮により水銀の熱膨張を吸収する効果を利用して、キャビテーションを発生させる圧力を抑える対策を施しました。その結果、水銀中の圧力が1/3程度まで低下し、壁の損傷が低減することを確認しました。さらに、私たちは1 MWでの長期間の安定運転を目指して、陽子ビームが衝突する容器の先端部分に、キャビテーションによる泡の成長を高速な流れと壁により抑え込む効果を期待して、狭い水銀流路を隔てて外壁を守るための内壁を設けました(図5-6(b))。

壁の間隔や水銀の流速によって、外壁の損傷がどのように変化するのかを明らかにするために、水銀中へ衝撃的な圧力を負荷する損傷実験を実施しました。その結果、内壁を設けることによる外壁の損傷低減効果は、キャビテーションによる泡が壁の影響を受けるサイズになる場合は、壁の間隔が狭くなるほど損傷を抑えられること、さらに水銀の流れによって壁面付近の圧力分布が変化することでキャビテーションによる泡の形状が変化し、壁に作用する泡の崩壊による衝撃が弱まることで、損傷が少なくなることを確認しました(図5-7)。実験結果を踏まえて、実際の標的容器では壁の間隔を最大で約4 m/sの水銀流速が得られる2 mmに決定しました。

図5-8に平均強度430 kWで約4200時間運転した標的容器から切り出した容器内部の写真と、損傷の測定結果を示します。内壁には最大深さ約260 μmの局所的なキャビテーションによる損傷が形成されているのに対して、狭い流路に面する外壁では20 μm以下の損傷であり、二重壁構造を採用することによって損傷を劇的に抑えられることを実証しました。

今後は、段階的に陽子ビーム強度を上昇させながら、使用後の標的容器内部に形成された損傷を測定し、損傷の定量的な評価と、二重壁構造の最適化を継続し、1 MWで長期間安定してビームを受けられる世界一の中性子強度を誇る中性子源を目指していきます。

(直江 崇)