図5-18 UTe2の結晶構造とブリルアンゾーン
図5-19 UTe2のバンド構造と計算の比較
ウラン化合物などのアクチノイド化合物は、多様な磁性や超伝導など複雑な物性を示しており、強相関電子系の中でも特徴的な位置を占めています。特に、ウラン化合物では超伝導が磁気秩序と共存することが多いことから、超伝導と磁性がどのように競合・共存しているかという物性物理学における普遍的な問題を理解する上で重要な化合物となっています。2018年末、新たにウラン化合物UTe2(図5-18)が新奇な超伝導を示すことが明らかとなり、世界的に注目が集まりました。この新奇な超伝導の機構を理解するためには、その電子状態を明らかにする必要があり、世界中で競争的な研究が開始されました。
大型放射光施設SPring–8 の原子力機構専用ビームラインBL23SUは、ウランなどの放射性物質をそのままの状態で取り扱うことが可能であり、軟X線領域を利用可能なアクチノイド研究施設として世界的にも唯一の環境となっています。物質内部の電子状態を調べることができる軟X線角度分解光電子分光は、放出された光電子の運動エネルギーと角度分布を測定することによって、物質の電子状態を直接観測することが可能な実験手法です。私たちは、これまでも多くのウラン化合物の電子状態を明らかにしてきました。そこで、これまでの経験を活かしてUTe2に対する研究を迅速に実行し、世界に先駆けてUTe2の電子状態を明らかにしました。
図5-19(a)にUTe2に対する軟X線角度分解光電子分光により得られたバンド構造を示します。強度が強いところがバンド構造に対応します。実験の結果、超伝導に直接関与している U 5ƒ 電子が形成するバンド構造の微細構造を観測することに成功しました。図5-19(b)に理論計算の結果を示します。実験結果との比較の結果、これらの化合物の大まかなバンド構造は、バンド計算によって説明されることが分かりました。一方で、物質の電気伝導的な性質を決定しているフェルミ準位近傍ではU 5ƒ 電子による寄与が強くなっており、計算からのずれが観測され、強い電子相関効果が働いていることが明らかとなりました。以上の結果は、超伝導を担うU 5ƒ 電子は基本的に遍歴的な性質を持ちながらも、電子相関効果を持つことを示しています。この結果は、UTe2の電子状態を理解する上で基礎的な情報であるだけではなく、この化合物における超伝導を記述するモデルを考える上でも役立つと期待されます。
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)(No.18K03553)「重い電子系超伝導体の3次元電子状態解明」、新学術領域研究(研究領域提案型)(No.16H01084)「3次元ARPESによる強相関ウラン化合物の電子状態の解明」の助成を受けたものです。
(藤森 伸一)