図9-2 オクラホマ市の野外拡散実験に対する汚染物質の可視化
図9-3 汚染物質放出量で規格化した濃度の観測と計算の比較
汚染物質の大気拡散解析は、都市街区内の放射性物質の拡散予測に基づく核テロ対策や原子力発電所の廃炉作業で必要となる放射性物質拡散の事前評価など、原子力分野の課題解決に大きく貢献できます。この解析技術は、都市街区内の詳細な風況解析に基づくスマートシティ設計にも応用できるなど、幅広い工学分野への貢献も期待できます。
都市部は様々な建物や構造物が林立した複雑な形状をしており、それらにより空気の流れ(風)が乱流状態になるため、時々刻々と変化する流れを予測できる高精度な数値流体力学(CFD)解析が必要となります。また、それらの流れが人の生活圏に及ぼす影響を評価するためには、数kmの都市広域から数mの細かな路地等をモデル化した大規模なマルチスケール解析が必須です。一方で、核テロ対策等の緊急時の汚染物質拡散予測には、実時間よりも速いシミュレーションの実現が求められます。
しかしながら、その実現には、以下の二つの課題の解決が必要であることが分かりました。第一の課題は計算の高速化です。既存のCFD手法にて、細かな路地等を捉えた高解像度シミュレーションを実施する場合には、リアルタイム計算を実現するために数十倍の高速化が必要です。第二の課題は計算の高精度化です。従来の汚染物質拡散手法を用いたシミュレーションでは、実験結果との差異が5倍程度となりますが、これを環境アセスメント等で用いられている指標の2倍以内へと改善することが必要です。
それらの課題を、私たちは二つの技術革新により解決しました。第一の技術革新はリアルタイムのマルチスケールシミュレーションの実現に向けた高速化技術です。本研究では都市の風の流れのスケールの違いに着目し、そのスケールに応じて計算格子の解像度を変化することができる適合格子細分化(AMR)法に基づくCFD解析コードCityLBMを開発しました。具体的には、流れが乱流状態となる建物周りにのみ細かな計算格子を配置することで、AMR法を適用していない手法と比較して計算格子点数(計算量)を約10倍削減し、10倍の高速化を達成しました。また、この解析手法にGraphics Processing Unit(GPU)向けの最適化を適用することでさらに10倍の高速化を実施し、最終的に約100倍の高速化を達成することで、実時間よりも速いシミュレーションを実現しました。加えて、本手法により、計算時間が同じ場合の比較で、解像度を従来の3倍高めることにも成功しました。
第二の技術革新は、確率論的な評価に基づく解析精度の向上です。高い解像度の解析では、乱流の影響により汚染物質濃度が高い領域が間欠的に移流し、計測機器の時系列値に大きな変動を与えます。そこで、初期値が僅かに異なる複数ケースのアンサンブル計算に基づく確率論的な評価を行うことで、解析の高精度化を図りました。米国オクラホマシティの市街地中心部から汚染物質を模擬したトレーサーガスを拡散させた野外拡散実験*に対する検証解析(図9-2)を行なった結果、各アンサンブルケースの汚染物質濃度の計算値(白抜き記号)が観測値(黒線)に対して大きく分散しているのに対して、そのアンサンブル平均値を用いた評価(塗りつぶし)により、環境アセスメントの基準値(実験との差異が2倍以内)を全観測点(8観測点×3時刻)の70%以上で達成しました(図9-3)。
以上の技術革新により、実験結果との差異を2倍以内まで改善したリアルタイムのアンサンブル計算を世界で初めて実現しました。
本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)(No.JP19K11992)、基盤研究(C)(No.JP17K06570)、基盤研究(B)(No.JP17H03493)、学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点(課題番号: jh200050-NAH)の支援の下で得られた成果です。
(小野寺 直幸)
*Leach, M. J., Final Report for the Joint Urban 2003 Atmospheric Dispersion Study in Oklahoma City: Lawrence Livermore National Laboratory Participation, UCRL-TR-216437, 2005, 94p.