5-1 大強度負水素イオンビームの損失原因を探る

−残留ガスとの衝突で電荷を失った中性ビームを観測−

図1 MEBT2に設置したH0粒子診断系

図1 MEBT2に設置したH0粒子診断系

Hビームにシケイン軌道を描かせることにより、偏向電磁石2と3の間で、H0粒子とHビームを左右に分離します。H0粒子が分布するビーム軸上にグラファイト板を挿入し、H0粒子が衝突することで発生する二次放射線を、シンチレータとPMTを用いて検出しました。

 

図2 検出されたPMT信号の例

図2 検出されたPMT信号の例

SDTL部のイオンポンプを停止して、MEBT2より上流の区間の圧力を上昇させたときのPMT信号の例です。ケース0は、通常の真空状態で、ケース1、ケース2の順に残留ガス圧力を上昇させています。

 

図3 MEBT2で測定されたH0粒子のx方向強度分布

図3 MEBT2で測定されたH0粒子のx方向強度分布

グラファイト板の挿入量をx方向にスキャンしたときの、それぞれの位置でのPMT信号の時間積分値から、H0粒子のx方向強度分布が得られます。

 


大強度ビーム加速に伴うビーム損失は、たとえそれがほんのわずかなものであっても、加速器機器の放射化を引き起こします。そのため、作業者の被ばく低減等の観点で、ビーム損失は大強度加速器における重要な課題となっています。J-PARCリニアックでは、大強度の負水素イオン(H)ビームを機能分離型ドリフトチューブリニアック(SDTL)で191 MeVまで加速した後、環結合型リニアック(ACS)で400 MeVまで加速しています。加速途中のHは主に次のような原因で電子を失い(電子ストリッピング現象)、制御不能な水素原子(H0)になるためビーム損失を引き起こします。

 ・Hビームとビームライン上の残留ガスとの衝突に起因する残留ガスストリッピング

 ・高周波バンチ内でのHイオン同士の衝突に起因する高周波バンチストリッピング

 ・外からの電場・磁場に起因するフィールドストリッピング

これらは負イオンリニアックに特徴的なビーム損失要因であり、ビーム損失の低減にはその詳細な調査が不可欠となりますが、その方法が確立していませんでした。

そこで私たちは、電子ストリッピングに起因するビーム損失要因を調べるため、SDTLとACSの間の第2中エネルギービーム輸送部(MEBT2)に専用のH0粒子診断系を設置し(図1)、H0粒子の相対強度を測定しました。この診断系では、ビームライン上のH0粒子をHビームから分離し、グラファイト板に衝突させて得られる二次放射線をシンチレータと光電子増倍管(PMT)で検出します。MEBT2の上流側にあるSDTL部の残留ガス量を変化させてPMT信号を測定すれば、ガスストリッピングによるH0粒子の発生分のみを評価できます。検出されたPMT信号の例を図2に、測定したH0粒子の水平(x)方向強度分布を図3に示します。解析の結果、通常運転状態においてMEBT2で検出されたH0粒子の約半分は、SDTL部の残留ガスストリッピングで生成されたものであることが分かりました。残りのH0粒子については、電子ストリッピング断面積を用いた計算により、主に高周波バンチストリッピングによって発生したものと推定されました。一方ACS部では、残留ガス圧力がSDTL部より一桁低いため、電子ストリッピング損失は主に高周波バンチストリッピングに起因することが分かりました。

本研究は、SDTLセクションの残留圧力をさらに改善することが、ビーム損失軽減のために有効であることを示すものです。

(田村 潤)