4.7 放射光を使えばある方向をむいた分子だけ化学反応させられる


図4-15(a) 直線偏光放射光の照射による特定の方向をもつ分子の電子励起

光の電場ベクトル(E)の方向と、分子構造によって決まる遷移能率(M)の方向が揃った時、光吸収確率が最大になります。この図では(1)の方向の光電場ベクトルと(2)の方向の場合で、励起される分子集団の分子軸方向が90度異なる場合を示しています。

 


拡大図(126KB)

図4-15(b) 実験装置及び信号検出系の概略図

放射光の電場ベクトル方向に対し、試料固体を回転することにより、励起分子軸の方向を選びます。10-10 Torr台の超高真空容器の中で回転可能な飛行時間質量分析器を使い、表面から飛び出してくる解離生成物を分析します。

 


拡大図(95KB)

図4-16 いくつかの直線偏光角度で測定されたギ酸(HCOOH)固体のC-H結合解離の反応確率(水素原子イオン生成の相対量子収率)

放射光エネルギーを変えることにより、いくつかの共鳴励起ピークが観測されました。ピーク(2)はσC-H*軌道励起と呼ばれるものです。このピークに光子エネルギーを合わせ、放射光照射すると、偏光ベクトル(E)方向にC-H結合が向いた分子だけが電子励起されます。反応確率はC-H結合が垂直方向を向いた分子の方が、C-H結合が水平方向を向いた分子より大きいことがわかりました。

 


 私たちは放射光X線のもつ(1)エネルギー可変性や(2)直線偏光性を使って、固体表面で起こるX線励起化学反応の研究を行ってきました。
 物質に照射される光子エネルギーが物質の電子軌道のエネルギー準位に等しくなったとき、光吸収確率が非常に大きくなります。この現象は共鳴吸収または共鳴励起と言われています。共鳴励起ではある特定の方向性をもった分子軌道への電子遷移が起こるため、光の電場ベクトル(E)方向に特定の分子軸がそろったとき、光吸収確率が最大になります。私たちはこのことを利用して様々な方向を向いた分子群の中で特定の方向を向いた分子集団だけを励起し、化学反応を引き起こすことができるのではないかと考えました(図4-15(a))。
 このような実験を行うために、私たちは図4-15(b)の様な実験システムを開発しました。これはパルスX線励起により化学反応を引き起こし、生じた反応生成物の放出方向を様々な角度で検出することのできる飛行時間型質量分析計を搭載した世界的に見てもユニークな装置です。この装置を使って調べた一例として、ギ酸固体試料を使って行った結果を図4-16に示します。励起される分子のC-H結合の方向が試料面に対して水平方向から垂直方向へ変わるにしたがって結合解裂の反応確率が増加することが見い出されました。すなわち、固体表面上の分子の化学反応性が分子の向きによって異なることが発見されました。


参考文献

T. Sekiguchi et al., Orientation-Selective Excitation and Dissociation in Multilayer Benzene, Appl. Surf. Sci., 169-170, 287 (2001).

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たゆまざる探究の軌跡−研究活動と成果2000
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