10-9 気泡が示す複雑性

−音を通じて相互作用する複数気泡系に奇異な現象「擬交差」を発見−

図10-15 3気泡系の共振周波数が示す擬交差

図10-15 3気泡系の共振周波数が示す擬交差

一直線上に並べられた3つの気泡が持つ共振周波数(縦軸)を、気泡間距離の関数として表示したのが上の図です( /12、/23はともに気泡間距離)。点線は3つの気泡のうち1つ(気泡3)を系から分離した場合、赤線はすべての気泡を相互作用させた場合の結果です。気泡3を分離させたときには交わっていた起源の異なる二つの共振周波数(黒線の交点)が、3つ共に相互作用する場合には溶け合うように結ばれます。これが擬交差です。気泡3がほかの気泡に近づくにしたがい(図が右に行くにしたがい)、この結びつきはより顕著になります。

図10-16 3気泡系の遷移周波数

図10-16 3気泡系の遷移周波数

擬交差領域における遷移周波数の振る舞い、つまり振動位相の振る舞いを見てみました。上の3つのグラフは3つの気泡それぞれの遷移周波数を表します。赤線は共振周波数に相当するもので、図10-15(c)に示したのと同じものです。青線が遷移周波数解析によって初めて得られるカーブで、このうちの1つが共振周波数と交わっているのが見られます。このような交差は2気泡系では見られなかったものです。この交点の周囲で、気泡はその振動状態を交換しあうようです。

気泡は様々な場面で私たちの前に登場する、ユビキタスな存在です。原子力分野においても、原子炉内で起こる沸騰や原子力プラント内、加速器施設内で発生するキャビテーション(強い負圧下で液体中に気泡が発生する現象)などによって姿を現します。キャビテーションによって液体中に現れた気泡は激しく体積振動し、周囲の機械に強い振動を与えたり、キャビテーション・ジェットと呼ばれる高速のジェットを噴き出して配管の内壁を傷つけたりします。キャビテーションではこのような体積振動する気泡が複数同時に現れ、音や流れを通じて相互作用します。そのため、そこで現れる気泡群は一種の相互作用する振動子系、つまり「結合振動子系」となります。

私たちは近年、気泡が持つこの結合振動子系としての側面に着目して議論を展開してきており、その過程で複数気泡系に「擬交差(avoided crossing)」と呼ばれる奇異な現象を見いだしました。擬交差というのは量子化学やカオス力学、宇宙物理学などの分野で議論されてきた現象で、複数の固有値(例えば固有振動数やリアプノフ指数)を持つ物理系にたびたび見いだされてきたものです。擬交差が現れるパラメータ領域では、何らかのパラメータの変化に応じて互いに近づきつつあった二つの固有値が急激にその軌道をそらし、交わることなくお互いに遠ざけ合う様が見られます。また、それと同時に系の性質が急激な変化を示すことも知られています。

私たちが議論している気泡の例では、擬交差は共振周波数に現れます(図10-15)。同図の赤線が擬交差を起こしている共振周波数を表しています。この結果について詳細に議論することで私たちは、擬交差が現れるパラメータ領域では遷移周波数(気泡の振動位相が反転する周波数)が交差を起こすことや(図10-16)、気泡同士が互いの振動状態を交換しあうような振る舞いをすることを明らかにしてきました。このような現象が報告されるのは、気泡力学の分野では世界で初めてのことです。私たちはこの発見を、気泡の持つ知られざる複雑性を明らかにするものと受け止めています。また、この成果はキャビテーション気泡群の複雑極まりない運動を理解するための基本的な知見になるものと考えています。

なお、本研究の一部は科研費 若手研究(B)を通じての文部科学省からのサポートの下に行われています。