図10-15 3気泡系の共振周波数が示す擬交差
図10-16 3気泡系の遷移周波数
気泡は様々な場面で私たちの前に登場する、ユビキタスな存在です。原子力分野においても、原子炉内で起こる沸騰や原子力プラント内、加速器施設内で発生するキャビテーション(強い負圧下で液体中に気泡が発生する現象)などによって姿を現します。キャビテーションによって液体中に現れた気泡は激しく体積振動し、周囲の機械に強い振動を与えたり、キャビテーション・ジェットと呼ばれる高速のジェットを噴き出して配管の内壁を傷つけたりします。キャビテーションではこのような体積振動する気泡が複数同時に現れ、音や流れを通じて相互作用します。そのため、そこで現れる気泡群は一種の相互作用する振動子系、つまり「結合振動子系」となります。
私たちは近年、気泡が持つこの結合振動子系としての側面に着目して議論を展開してきており、その過程で複数気泡系に「擬交差(avoided crossing)」と呼ばれる奇異な現象を見いだしました。擬交差というのは量子化学やカオス力学、宇宙物理学などの分野で議論されてきた現象で、複数の固有値(例えば固有振動数やリアプノフ指数)を持つ物理系にたびたび見いだされてきたものです。擬交差が現れるパラメータ領域では、何らかのパラメータの変化に応じて互いに近づきつつあった二つの固有値が急激にその軌道をそらし、交わることなくお互いに遠ざけ合う様が見られます。また、それと同時に系の性質が急激な変化を示すことも知られています。
私たちが議論している気泡の例では、擬交差は共振周波数に現れます(図10-15)。同図の赤線が擬交差を起こしている共振周波数を表しています。この結果について詳細に議論することで私たちは、擬交差が現れるパラメータ領域では遷移周波数(気泡の振動位相が反転する周波数)が交差を起こすことや(図10-16)、気泡同士が互いの振動状態を交換しあうような振る舞いをすることを明らかにしてきました。このような現象が報告されるのは、気泡力学の分野では世界で初めてのことです。私たちはこの発見を、気泡の持つ知られざる複雑性を明らかにするものと受け止めています。また、この成果はキャビテーション気泡群の複雑極まりない運動を理解するための基本的な知見になるものと考えています。
なお、本研究の一部は科研費 若手研究(B)を通じての文部科学省からのサポートの下に行われています。