10-4 ナノ秒の感度で中性子を検出するMgB2超伝導体

−シミュレーションと実験で初めて明らかにしたその超高速な応答能力−

図10-8

図10-8

MgB2超伝導体から作られた薄膜に電流を流し(左上図)、薄膜を左下図(抵抗vs.温度)の動作点近くにおきます。このとき、中性子がMgB2に衝突すると、中性子は超伝導体内の10Bと核反応を起こし、その熱により超伝導は破壊され(右上図の赤い部分)、一瞬の間、電気抵抗が増大します(左下図)。このとき観測される電圧の時間変化のシミュレーション結果は右下図のようになります。

超伝導とは、超伝導転移温度近くで電気抵抗が急激にゼロになってしまう現象を指しますが、この性質をうまく利用すると極めて高精度な放射線検出器を作ることができます。これは、超伝導転移温度の近くでは、微弱な放射線により発生するわずかな熱さえも大きな電気信号変化(図10-8)となるためで、超伝導放射線検出器は原子力分野を始めとして様々な分野において、超高精度検出器として、その発展が多いに期待されています。中でもX線、γ線の検出においては既に利用され、宇宙天文学分野では、宇宙の起源や発達過程を推定するための必須の実験ツールとして用いられています。また、最近では、1光子さえも検知できる素子として、未来の量子通信への応用が考えられている他、微量のアクチノイド物質の同定が可能であることを利用し、核物質の超高精度微量分析への応用なども提唱されており、今後もその応用の可能性が広がることは間違いありません。しかしながら、実際の放射線検出のメカニズムについては、冒頭で説明したような簡単な原理だけが提唱されているのみで、十分な理解は進んでいません。そのため、時間やエネルギー分解性能を更に上げ、究極の超高精度検出器を開発するための研究は主として経験則に従って行われています。

私たちは、実験及び開発を行う研究者の理解を助け、超伝導検出器開発に貢献するため、その検出過程をシミュレーションにより予測することを目指しました。プログラム開発に当たり、超伝導転移点近くでの超伝導転移現象を再現する方程式と、放射線が当たった後に発生する熱の移動と、それに伴い電気信号(例えば電圧といった量)が生じる様子を再現するため、超伝導体の熱伝導方程式、マックスウエル方程式を組み合わせて解くこととしました。こうして、超伝導体に熱が拡散することで超伝導が壊され、その部分で電圧が発生することを検知するシミュレーションが可能になったのです(図10-8)。

その後、このシミュレーション・プログラムを用い、2000年に発見された超伝導体MgB2を利用した中性子検出についてのシミュレーションを行い、その性能予測を実験に先駆けて行いました。その際、実験研究者から特に求められたのは、中性子が当たった後の電気信号の応答の速さでした。これは応答の速さによっては、検出実験装置を大きく変える必要があるからです。シミュレーションでは、図10-8に示したような電圧のシグナルが得られ、その応答時間はナノ秒程度であることが分かりました。この結果をもとに、JRR-3にて実験を進めたところ、実験結果もほぼ同じ応答時間を示すことが分かりました。こうして、開発したシミュレーションが実験を正しく予測できることが分かりましたが、シミュレーションと実験とで一致した応答時間の速さは従来の中性子検出器の応答時間と比べて遥かに速い値となることも分かりました。現在、更なる実験とシミュレーションが行われていますが、これらの一連の研究結果は、MgB2超伝導体が極めて優れた高精度中性子検出器になりうることを示しています。