10-3 DNAのねじれやすさを測定する

−DNA力学定数の測定における構造変化のカップリングと外力の影響−

図10-6 DNAの立体構造

図10-6 DNAの立体構造

DNAには、大きく分けて3種類の構造(A型,B型,Z型)があります。細胞の中では、通常、この図で示したようなB型の構造をとっています。図中のDNAは、12個の塩基対で構成されています(長さ約4nm)。ヒトの体細胞1個は、約60億個の塩基対を持っていると考えられており、これは、約 2mの長さに相当します。

 

図10-7 光ピンセットによるDNA1分子観測の例

図10-7 光ピンセットによるDNA1分子観測の例

DNAが左側のガラス面と右側のビーズ球に接着されています。レーザー光によって、ビーズ球に右向きの力が加えられ、それによってDNAが引っ張られています。

DNAは、地球上のほぼすべての生物において遺伝情報を担う直径約2nmのひも状の物質です。細胞中の様々な構造の中で、DNAは最も長いものであり、例えば、ヒトの体細胞1個に含まれるDNAをすべてつなぎ合わせると約2mにもなるといわれています。このような長いDNAが、直径約10μmの細胞核の中に折りたたまれて収納されていることは、驚異的です。

私たちは、DNAの立体構造の研究を行っています(図10-6)。DNAの研究というと、遺伝情報の研究と思われがちですが、DNAの折りたたみの問題を考える場合、DNAを物としてとらえ、その性質(物性)を知らなければなりません。

DNAの物性が重要なのは、折りたたみの場合だけではありません。細胞が様々な活動をする際には、DNA上の遺伝情報の読み出しが行われます。その際、DNAは、曲げやねじれ等の物理的な作用を受けます。そのような作用に対するDNAの反応が、遺伝情報の読み出しの制御に関係することが分かってきています。そのため、生命活動を理解するためにも、DNAの物性を知る必要があります。

DNAの曲がりやすさ・ねじれやすさ等を表す力学定数は、DNAの物性を表す最も基礎的なデータです。これらの力学定数の測定は、長年にわたり、様々な実験によって行われてきましたが、いまだにコンセンサスが得られていない部分もあります。

近年、光ピンセットを用いた生体分子1分子の操作・観測が頻繁に行われています(図10-7)。これは、分子に直径1μm程度の大きさのビーズ球を取り付け、そのビーズ球にレーザー光を当て、ビーズ球を動かすことで、分子に力を加えたり、また、ビーズ球の位置を観測することで、分子の位置を測定する技術です。この実験は、光学顕微鏡のもとで行われます。

光ピンセットによるDNAの観測によって、DNAの正確な力学定数が得られると期待されています。実際、曲げの力学定数については、他の多くの実験で得られた値と矛盾がありません。ところが、DNAのねじれの力学定数は、今までの実験から得られてきた値とは、大きく食い違います。

私たちは、この食違いの理由を、計算機シミュレーションによって、明らかにしようとしました。そのために、光ピンセットによるDNAの観測実験と同様に、DNAの両端を引っ張りながら、シミュレーションを行いました。その結果、DNAに張力が加えられた状態では、DNAの持つ構造特性のために、ねじれ定数が大きく見積もられてしまうことが分かりました。その特性とは、曲がると同時にねじれたり(曲げとねじれのカップリング)、ねじれると同時に伸びたり縮んだりする(ねじれと伸縮のカップリング)DNAの性質のことで、近年明らかになってきています。実際、DNAに張力を加えない状態でシミュレーションを行い、ねじれ定数の計測を行うと、今までの実験と矛盾しない結果が得られました。このようにして、光ピンセットで計測されたねじれ定数が、今までの実験で得られたものと食い違う理由が、明らかになりました。