12-2 超重元素科学を切り拓く重イオンビーム

−高電圧端子内重イオン入射装置の開発−

図12-3 高電圧端子内重イオン入射器のビームライン

図12-3 高電圧端子内重イオン入射器のビームライン

タンデム加速方式と両立するように開発した重イオン入射装置です。イオン源から生成されたイオンビームは入射90度偏向電磁石と180度偏向電磁石により折り返して主加速管に導かれ、最大20MVの加速電圧により接地電位に向けて加速されます。

 

図12-4 重イオン入射装置から加速できるイオン種とビーム強度

図12-4 重イオン入射装置から加速できるイオン種とビーム強度

丸印は実際に加速されたイオンビームのデータです。縦軸はビーム電流値をイオン電荷で割った値でありイオンビームの数に比例します。新たに希ガスの加速が可能となり、ビーム強度は改造前の約2倍から10倍に増強できています。

私たちは、タンデム加速器により重イオンを高エネルギーに加速し、標的の原子核と衝突させることで超重元素の合成過程や核構造、合成した超重元素の化学研究を行っています。またイオンビームのエネルギーは原子炉燃料体中での核分裂片エネルギーと同じであるため、それら燃料体の照射研究にも利用されています。超重元素の合成には、その寿命の短さと生成量の少なさのために、照射研究には原子炉内と同等の粒子密度を得るために、高強度の重イオンビームが必要不可欠となります。

タンデム加速器は負イオンを正の高電圧端子に向けて加速し端子内で炭素薄膜により電子を剥ぎ取って正の多価イオンに荷電変換し、再び接地電位に向けて加速することで効率の良い加速を行っています。しかし、荷電変換に炭素薄膜を使用するために薄膜の消耗が激しく、大電流の重イオンビーム加速には適していません。したがって炭素薄膜を用いない加速方式でもビーム提供を可能にするため、高電圧端子内に永久磁石型電子サイクロトロン共鳴(ECR)イオン源を設置し、生成した正の多価イオンを直接接地電位に向けて加速する重イオン入射装置(図12-3)の開発に取り組みました。更に炭素薄膜通過後よりも高い電荷のイオンをECRイオン源により生成することでエネルギー増強も可能となります。

高電圧端子は5.5気圧の加圧絶縁ガスに覆われ、最大20MVの電圧を発生する過酷な環境であるので入射装置には高い耐圧・耐放電性能が必須となります。装置を構成するイオン源やビームライン機器,各種電源,真空排気装置は、設置前に加圧環境下での開発試験によって耐圧性能を確保しました。また高電圧の放電による故障や誤作動を防止するために、光ファイバーを用いた新しい制御通信システムの考案や独自の回路設計、厳重なシールドを施した機器配置を行いました。イオン源から希ガスイオンを生成するために希ガスを真空中に導入しますが、希ガスは不活性ガスであるため従来のイオンポンプでは吸着排気できないため、新たにターボ分子ポンプとロータリーポンプも開発しました。加圧環境なのでポンプの排気を加圧ガス中に放出できないため、専用の排気容器に溜め込む機構を考案し、異常が発生した場合でも高真空の保持が可能となっています。

図12-4はこの入射装置から実際に加速されたイオンビームの種類と強度を示しており、希ガスのイオンビームが新たに利用可能となり強度も約2〜10倍となりました。Xeイオンでは最高300MeVのエネルギーに達し、50〜300MeVの広範な領域で任意のエネルギーのビームが利用できる唯一の加速器となりました。また得られたイオンビームは炭素薄膜との衝突によるエネルギーの広がりやビームの発散が生じないため、タンデム加速方式に比べ格段に品質が向上しました。

ビーム強度の増強により超重元素の合成だけでなく、軽水炉燃料体中での核分裂片であるKr,Xeのエネルギー領域のビームが利用でき、燃料体に与える照射効果の研究により原子炉燃料の高燃焼度化の開発研究などが可能となります。


●参考文献
Matsuda, M. et. al., Rearrangement of In-terminal ECR Ion Source Injector, JAEA-Review 2006-029, 2006, p.14-15.