図4-23 重い電子系超伝導体UPd2Al3の結晶構造
図4-24
固体中の電子は、一般的に結晶全体を自由に動き回る「遍歴状態」と、原子周囲に束縛された「局在状態」の二種類に分類されています。この電子の遍歴性と局在性は相反する性質ですが、それぞれは非常によく理解されています。しかし、希土類やアクチノイド化合物におけるf電子は、この「遍歴状態」と「局在状態」の中間的あるいは両方の性質を持っており、その振る舞いは非常に複雑であることが知られています。
低温において、f電子はあたかもその質量が真空中の数百倍以上重い遍歴電子として観測される場合があります。これは「重い電子」と呼ばれますが、電子同士がお互いの相互作用によって避けあいながらも、結晶中をある程度自由に移動していることに起因します。一方、この重い電子は、高温においては局在した電子の振る舞いを示します。これは重い電子系化合物の基本的な特徴ですが、なぜf電子が遍歴・局在の相反する性質を示すかについては、定性的な解釈しか与えられていませんでした。更に、この重い電子は極低温において、既存の理論の枠組みでは説明できない超伝導を示す場合があり、その機構の解明は、現代の物性物理学の非常に重要な課題の一つとなっています。
今回、私たちは放射光を用いた角度分解光電子分光法を用い、f電子の「遍歴」から「局在」への遷移の直接的観測を行いました。試料は図4-23に示したような結晶構造を持つUPd2Al3高純度単結晶試料を用いました。
図4-24に実験結果から得られた低温におけるバンド構造(左側)及び高温におけるバンド構造(右側)を示します。低温において、フェルミ準位EFの一部に寄与して「遍歴」的な性質を持っていた5fバンドが、高温においてそのエネルギーが変化してフェルミ準位より離れることにより、「局在」的な性質を示すことが明らかとなりました。
これまで帯磁率などの磁気的な測定から、このような狭い温度領域での電子の遍歴から局在への転移は予測されていましたが、今回の実験で、初めてこの転移を直接観測しました。
また、重い電子系における超伝導機構を理解するためには、5fバンド構造を理解することが必要不可欠ですが、今回、実験的に初めて重い電子系超伝導体のバンド構造を明らかにしました。
この化合物の超伝導を理解するために、様々なモデルが提案されていますが、今後、それぞれのモデルが直接検証されることにより、重い電子の示す超伝導、更には超伝導現象一般に対する理解が進展するものと期待されます。