4-3 ダイヤモンドを超伝導に導く格子振動の発見

−ダイヤモンドの室温超伝導体へ期待−

図4-7

図4-7

CVD法で作成されたボロンドープダイヤモンド。厚さは約100μmあります。

 

図4-8

図4-8

(a)は非超伝導ダイヤモンド(赤)と超伝導ダイヤモンド(緑)のLO-モードの分散関係を示します。(b) は、(a)の2種類のダイヤモンドの格子振動エネルギーの差を縦軸にプロットしたもので、Γ点で差が大きく、運動量が大きくなるにしたがってそれが小さくなっていることが分かります。(c)は(b)から計算される電子−格子振動相互作用の大きさλ(q)を表しています。

 

図4-9

図4-9

(d)はダイヤモンド結晶構造,(e)はΓ点でのLO-モード(三次元図),(f)はΓ点でのLO-モード(上から見た図)です。

金属を極低温に冷やすことで電気抵抗がゼロになる超伝導状態が発現することは古くから知られています。これは極低温下で金属内の結晶を構成している原子が振動(格子振動)を起こすことにより、それが媒介となってマイナスの電荷を持つ電子がお互いに引力を及ぼし合いペアーを作り発現します。これに対して、もともとは絶縁体で伝導電子が存在しないダイヤモンドに、高密度の不純物を注入することで伝導電子が発生し、比較的高い温度で超伝導が発現することが発見されています。その発現機構の解明が室温超伝導体の創製へとつながることが期待されます。格子振動は、それが進む方向,大きさ(運動量ともいいます),その時のエネルギーの三つの要素で状態が決定されます(格子振動の分散関係といいます)。私たちは、ダイヤモンドの格子振動の中で最もエネルギーの高い縦波光学振動モード(LO-モード)に注目し、超伝導を示さない非超伝導ダイヤモンドとボロンをドープした超伝導ダイヤモンド(図4-7)のLO-モードの分散関係を観測し比較しました。図4-8(a)に観測されたLO-モードの分散関係を示します。また、図4-9(d)に実験で観測した格子振動の方向を示します。[ζζζ]は立方体のダイヤモンド構造の対角線方向、[00ζ]は向かい合う面方向です。ここで注目したいのは、超伝導ダイヤモンドのΓ点でのエネルギーが非超伝導ダイヤモンドのそれと比較して低くなっていることです。このエネルギーの低下は運動量が大きくなるにしたがって小さくなっていっていることも観測されています。このΓ点でのLO-モードの振動は、図4-9(e),(f)に見るように、立方体のダイヤモンド構造を上から見た場合([00ζ]方向)、コーナーの原子と中央に位置する原子は同じ方向に、それらの中間に位置する原子は反対方向に動く振動です。一方、同じ方向に進む音響モードではLO-モードで観測されたエネルギーの低下が観測されませんでした。これらの事実から超伝導ダイヤモンドにおいては、電子が最高エネルギーの縦波光学振動モードと強く相互作用をしてこれが超伝導発現の引き金になっていることが予測されます。図4-8(c)にはこの電子−格子振動相互作用の強さに対応する量λ(q)を示しています。

ボロンドープダイヤモンドの電子−格子振動相互作用の発見がきっかけとなって、理論的な計算からより高い超伝導転移温度を持つ超伝導ダイヤモンドの可能性も議論され始めています。今回の発見には、単結晶の超伝導体の作成に成功したこと及び高輝度・高エネルギーの第三世代の放射光源を利用することでX線非弾性散乱実験が可能となったことにより、格子振動の分散関係を観測できたことが大きく寄与しています。