4-5 フラストレート磁性体での特異なスピン配列

−中性子散乱法で見るスピン−格子相互作用−

図4-12

図4-12

無磁場(青)、1 3.5Tの磁場中(赤)における中性子粉末回折パターン(磁気反射強度のみ)を示しています。強度解析により磁気構造を決定しました。一つの四面体に注目すると、無磁場では四つの磁気モーメントのうち二つが上で二つが下という構造ですが、磁化プラトー相では三つが上で一つが下という構造に変化します。これらの磁気構造の三次元配列には幾つかの可能性がありましたが、私たちはこれを決定しました。

 

図4-13

図4-13

中性子,X線回折で決定されたHgCr2O4の磁化プラトー相における構造。青丸、赤丸ともにCrスピンを表します(青丸が上向きスピン、赤丸が下向きスピン)。青丸間の距離が伸び、青丸−赤丸間の距離が縮むことによりこの磁気構造が安定になっていると考えられ、この系における強いスピン−格子相互作用を示しています。

スピネル型磁性体ACr2O4(A:非磁性元素)では正四面体の頂点に磁気モーメントが存在し、更にこの正四面体が三次元的ネットワーク(パイロクロア格子)を構成しています。この構造に起因してCr3+スピン間の相互作用に強いフラストレーションが存在します。また、Cr3+イオンは軌道の自由度を持たずヤン−テラー歪みと呼ばれる格子歪み(軌道の縮退を解いてエネルギー的に安定化させるために、格子変形により対称性を下げる)を起こさないため、相互作用に比べて十分に低い温度まで強いフラストレーションにより磁気秩序を起こさないと予想されています。しかし、実際の物質では低温で格子歪みを伴い長距離磁気秩序を起こします。これは、スピン・ヤン−テラー効果とも呼ばれ、スピン−格子相互作用に起因して発現する格子歪みとして興味深い現象です。この現象は、量子スピン系で見られるスピン−パイエルス転移(構造歪みを伴いスピンダイマーを形成する)と発現機構が類似しており、また機能性物質として注目されているマルティフェロイクス〔強(反強)磁性と強(反強)誘電性が共存し、磁場で誘電性を電場で磁性を制御可能〕とも関連しています。

更に、ACr2O4では磁場中で磁化が一定になるプラトー現象が広い磁場領域で観測されており、上記の強いスピン−格子相互作用に起因すると理論的に予測されています。しかし、この磁化プラトー領域における磁気構造、結晶構造は実験的に明らかにされていませんでした。私たちは、上記の磁化プラトー領域におけるスピン−格子相互作用を明らかにするために、10T付近で磁化プラトー相を示すHgCr2O4を用いJRR-3において中性子回折実験を、SPring-8においてX線回折実験を行いました。

最初に中性子回折実験を行い、無磁場での磁気構造を明らかにしました。図4-12に典型例として0及び13.5Tでのスペクトルを示しますが、磁場を増加させていくと10T付近で急激に磁気構造の変化が起こり、磁気ブラッグ反射のスペクトルが大幅に変化します。このスピン配列にはいくつか可能性がありましたが、詳細な解析により図4-13に示すような磁気構造を一意的に決定しました。四面体上の4個のスピンのうち3個が磁場方向に1個が磁場と反対方向に向いています。更に、磁場中で放射光X線回折実験を行うことにより、結晶構造も磁化プラトー相で変化し、磁気構造と同様の対称性を持つことを明らかにしました(青丸間の距離が伸び、青丸−赤丸間の距離が縮む)。これは、この系において無磁場で見られる磁気転移のみならず、磁場中での磁気転移にもスピン−格子相互作用が大きく関与していることを示しています。私たちはこの重要な事実を初めて実験的に明らかにしました。