4-6 植物の光合成機能を診断する

−ポジトロンイメージング技術を用いた炭素同化産物動態の定量解析−

図4-14 光合成のコンパートメントモデル化と炭素動態の数式化
拡大図(155KB)

図4-14 光合成のコンパートメントモデル化と炭素動態の数式化

光合成の過程(左側)を炭素の動きに注目したコンパートメントモデルとして表し(右側)、これを数式化したもの(式1)を解いて(式2)を得ます。

 

図4-15 葉における炭素動態の経時変化とコンパートメントモデル解析による推定
拡大図(124KB)

図4-15 葉における炭素動態の経時変化とコンパートメントモデル解析による推定

植物ポジトロンイメージング技術で光合成の様子をその場観察した画像(a)。この計測値(b)と推定曲線(b)は良く一致しました。

私たちの体の中で物質がどのように動いているかをその場観察できるPET(ポジトロン断層法)は、がんの診断など、医療分野の基礎研究から診断の現場まで幅広く利用されています。植物を対象とした研究においても、養分や環境汚染物などの植物内での動きを知るための様々な技術が開発されてきました。しかし、その多くは植物を切ったり押し花にするため、植物が生きたままでの様子を知ることは大変困難でした。私たちは、生きた植物中での養分や環境汚染物の動きを知ることができれば、植物の生理機能を診断できるのではないかと考え、植物ポジトロンイメージング技術を開発し、養分などの輸送・分配・蓄積の仕組みや、環境変化やストレスに対する応答を明らかにする研究を進めています。

私たちは、炭素11(11C)という放射性同位元素で標識した炭酸ガス(11CO2)を光合成研究に利用する方法を開発し、植物が葉から取り込んだ11CO2を原料に糖を作り、これを養分として植物体へと送り出す様子のその場観察に成功しています。しかし、この観察で得られる画像は、「炭素を取り込んで糖を作る」機能による11Cの動きと「糖を養分として送り出す」機能による11Cの動きを足し合わせたもので、それぞれを分けて見ることはできませんでした。そこで、光合成に伴う炭素の動きに着目したコンパートメント(箱)モデルを作成し、各コンパートメント間での炭素のやり取りを表す数式を解けば、炭素の動きからそれぞれの機能を評価(診断)できると考えました(図4-14)。その結果、数式を解いて推定した葉の中での炭素の動きは、11CO2を用いた光合成のその場観察で得られた計測結果を精度良く再現し、炭素を取り込んで糖を作る機能と糖を養分として送り出す機能を数値化して診断できることが分かりました(図4-15)。

今回新たに開発に成功した光合成のコンパートメントモデル解析法は、光合成で作られた糖を効率良く食糧となる組織へ輸送・蓄積させる技術の開発や、地球温暖化で問題となっている大気中の二酸化炭素を植物に効率良く固定させる技術の開発など、植物機能の基礎的な研究だけでなく、農業や環境への応用を目指した研究への貢献も期待されます。