図4-18 (a)永久四極磁石を利用した中性子偏極子,(b)四極磁石内部での中性子の軌道
図4-19 高偏極中性子集光システム
図4-20 二次元検出器で観測された中性子ビームプロファイル
中性子は物質中の原子核や原子磁気モーメントにより散乱されるため、水素のような原子番号の小さな元素を含む物質の構造解析や磁性体の磁気構造解析に有用なものとなっています。私たちはこの中性子ビームの偏極度を従来の磁気ミラー型偏極子を用いた場合の96%程度から99.9%程度に高め、中性子の磁気構造解析精度や効率のさらなる向上を図るために、中性子ビームの軌道が磁場の強さの空間的な変化を感じて曲がる性質を利用した実用型の高偏極中性子集光システムの開発と特性評価に世界に先駆けて取り組みました。
この磁気光学システムでは、中性子を偏極及び集光するために四極磁石及び六極磁石をそれぞれ使います。これらの磁石は、中心軸の周りにN極とS極が交互に4個あるいは6個並んだ磁石で、その内部には中心軸に沿った穴が空いています。この穴の内部には、四極磁場や六極磁場と呼ばれる磁場の分布が発生しますが、ここに中性子ビームを通すと、中性子磁気モーメントと磁場との相互作用により、中性子ビームは偏極及び集光されます。四極磁石は非偏極中性子ビームを正負の異なる極性を持つ二つの中性子成分に空間分離する性能に特に優れており、ここから正極性の中性子成分のみを選択することで、99.9%程度の極めて高い偏極度のビームを取り出すことができます。一方の六極磁石は正極性の高偏極ビームの集光を良質に行う性能に優れています。この良質さは四極磁石にもいえることですが、物質中での屈折などを用いる他の方法と異なり、四極磁石や六極磁石がビーム経路となる穴の内部にビームの軌道を乱すような物質を全く有しないことに由来します。
私たちは永久四極磁石型偏極子(図4-18)と永久六極磁石を組み合わせた磁気光学システム(図4-19)と永久四極磁石型偏極子の代わりに磁気ミラー型偏極子を用いたシステムの特性比較をJRR-3において行ったところ、永久四極磁石型偏極子から取り出された高偏極ビームを永久六極磁石に導くと、磁気ミラー型偏極子を用いた時と比べてピーク強度比を2.8倍に、またバックグランドに対するピーク強度比を約10倍増大できました(図4-20)。この優れた高偏極中性子集光は、負極性の偏極中性子成分を極力取り除いた正極性の高偏極中性子ビームの利用により初めて実現できました。今後は、開発した磁気光学システムを用いてJRR-3での実用化研究を進めると同時に、新たに白色パルス中性子にも適用可能なシステムに拡張することによりJ-PARCパルス中性子実験装置の解析性能の向上を図る予定です。
なお、多極磁石による中性子ビーム制御の基礎研究は独立行政法人理化学研究所との共同研究の成果であり、また、本研究の一部は「科学技術振興調整費による知的基盤整備推進制度」の支援を受けました。