5-3 被覆管の壊れにくさは冷却条件により変わるのか?

−LOCA時の被覆管延性低下に及ぼす冷却時温度履歴の影響−

図5-7 LOCA条件を模擬した被覆管酸化・急冷試験

図5-7 LOCA条件を模擬した被覆管酸化・急冷試験

石英管内に水蒸気を流し、電気炉を用いて被覆管を1,373Kまで加熱します。一定時間加熱した後、水蒸気を止め試料温度をゆっくりと下げる徐冷区間をとり、最後に試験燃料の下端より水を導入します。急冷前の冷却速度、急冷を始める温度を変えて多くの酸化させた試料を作成し、リング圧縮試験(被覆管を半径方向に押しつぶす試験)で被覆管の壊れにくさを調べました。

 

図5-8 急冷開始温度と被覆管の壊れにくさの関係

図5-8 急冷開始温度と被覆管の壊れにくさの関係

急冷を始める温度を変えた被覆管の壊れにくさを、リング圧縮試験により調べた結果です。急冷開始温度が下がると、被覆管は壊れやすくなることが分かります。

原子炉の安全設計に当たって想定される事故の一つに、原子炉から冷却材が流出してしまう冷却材喪失事故(LOCA)があります。LOCA時には燃料温度が上昇しますが、数分後には非常用炉心冷却系(ECCS)の作動により原子炉内の水位は回復し、高温になった燃料は冷却されます。燃料は、二酸化ウラン・ペレットとそれを密封するジルコニウム合金製の管(被覆管)から成ります。燃料温度が非常に高くなり高温にある時間が長くなると、被覆管は著しく酸化し延性が低下して、冷却時の熱衝撃により破断する可能性があります。被覆管破断により燃料の破片が原子炉下部に多く堆積した場合、熱の除去が困難になるかもしれません。

このような状況に至るのを防ぐために、LOCA時において超えてはならない被覆管の温度と酸化される厚さの割合が、それぞれ安全基準として定められています。安全基準は、LOCA条件を模擬した実験により、どんな条件で燃料が壊れるかを調べて決められたものです。これらの実験では、被覆管を加熱・酸化した後、まず水蒸気中でゆっくりと冷却し(徐冷)、それから水で急激に冷却(急冷)するという手順を取っています。急冷の前に徐冷を行うのは、被覆管が徐冷される間に吸収された酸素が拡散してミクロ組織が変化し、加熱直後よりも壊れやすい状態になると考えられてきたからです。ところが、徐冷されることで被覆管が本当に壊れやすくなるのかについてはっきりと示したデータは非常に限られており、実際にどのような条件で壊れにくさが変わるのかについては十分に調べられていませんでした。

そこで、LOCA時に予想される高温条件で被覆管を酸化した後、いろいろな徐冷速度、急冷開始温度での冷却を行い(図5-7)、冷却条件により被覆管の壊れにくさがどのように変わるのかを調べました。この結果、図5-8に示すように、急冷を始める温度が下がると、被覆管は壊れやすくなることが分かりました。一方、急冷開始温度が同じ場合には、徐冷速度はあまり影響しないことも分かりました。試験後の顕微鏡観察によれば(図5-8)、壊れやすくなった被覆管の組織中では白い塊状に見える領域(α相)の面積が大きくなっています。α相は周りの組織に比べ酸素濃度が高く、硬くて脆い性質を持っています。急冷開始温度の低い被覆管が壊れやすくなったのは、徐冷中に脆いα相領域の割合が大きくなり、き裂が進展しやすい状態になったためと考えられます。

以上の結果により、一定の徐冷区間を置いてから急冷を行ってきた従来のLOCA模擬実験は、より厳しい条件で安全を確認した適切な手法であることが実証されました。今回の成果は、今後LOCA時の安全基準を定める際に用いられる実験手法の確立に貢献しました。