図5-9 照射前後での限界熱流束測定結果の比較
図5-10 未照射/照射済の試料を用いた液滴滴下試験
放射線誘起表面活性(RISA)とは、ある一定以上の強度を持つ放射線を酸化皮膜に照射することで表面の濡れ性が向上する現象です。RISAを生じさせるには酸化皮膜上で高い吸収線量が必要であるため工業上の応用は難しいとされてきましたが、強い放射線環境下にある原子炉内ではRISA効果によって濡れ性が改善されていることが予想されます。私たちはこの現象を燃料の除熱能力の向上に役立てることができるのではないかと考え、試験炉を用いた実験研究を行ってきました。
沸騰水型原子炉の燃料では、伝熱面の表面は常に液膜で覆われており、表面温度が過度に上昇しないように設計されています。万が一、蒸発量の増加によって液膜が乾き、伝熱面が露出(ドライアウト)すると、熱伝達が劣化して燃料温度が急激に上昇し、燃料の破損につながる恐れがあります。伝熱面上に液膜が存在できる最大の熱出力を限界出力といい、原子炉は限界出力で決まる許容値以下の熱出力で運転されることが決められています。
この限界出力(単位表面積当たりの熱出力を限界熱流束といいます)は、多くの実験結果に基づいて作成された相関式で評価されています。最近では、限界熱流束が伝熱面の表面の性状によって変化し、特に濡れ性を向上させることで改善できることが明らかになってきました。もし、RISAによる濡れ性向上によって限界出力が上昇することが判明すれば、安全余裕の実質的な増加のみならず、運転出力の増加(アップレート)にもつながるため、大きな経済効果が期待できます。ただし、RISAは酸化皮膜表面の電気化学反応であるため、表面に乱れが生じやすい流動場(水が流れている状態)で効果を発揮できるのかという懸念もありました。実際、水が流れていない非流動場の条件ではRISAによって限界熱流束が上昇することが確認されていますが、流動場条件での確証例は今までにありません。
RISAを発現するには強力な放射線源が必要です。今回、照射設備には、JMTRを利用しました。JMTRの照射孔内は実際の原子炉と同程度の放射線照射環境にあります。熱源に電気ヒーターを使用した試験部を製作し、これらを組み込んだ専用の照射カプセルを炉心周辺の照射孔に挿入して、試験部伝熱面(直径2mm円管)に水が流れている状態での沸騰熱伝達実験を行いました。また、同じ試験部を用いて、同一の熱流動条件での実験を照射前と照射後にも実施しています。照射前実験は、炉外と原子炉運転前の炉内の両者で行い、データの再現性を確認しました。
図5-9は、実験で得られた限界熱流束を流量に対してプロットしたものです。照射によって限界熱流束が約17%上昇する結果となり、照射後もその効果が持続していることが示されました。図5-10は、照射試験終了後に伝熱面の表面を切り出して、酸化膜上に水滴を滴下したときの液滴の拡がりを観察した様子です。炉内と同じ条件で実施した未照射試料では、滴下後長時間放置しても液滴が流れ出さず、初期の形状を保持したままであるのに対し、照射済み試料では、滴下1分後には流路内面全体に水滴が拡がり、親水状態となっていることが確認できます。
このように低圧・小規模試験ながらRISA効果による沸騰熱伝達の改善が流動場でも確認されました。実機評価のためには、次のステップとして、圧力や流量を実機条件により近づけた確認試験が待たれます。