5-5 加圧熱衝撃に対する原子炉圧力容器の抵抗を調べる

−確率論的破壊力学による原子炉重要機器の高経年化評価−

図5-11 加圧熱衝撃の概念図

図5-11 加圧熱衝撃の概念図

加圧熱衝撃とは、万が一、原子炉冷却材圧力バウンダリに何らかの冷却材の喪失が起きた場合に、原子炉圧力容器内部に緊急炉心冷却水が注入され、圧力がかかった状態のまま容器内部が冷却されることを指します。この結果、炉心付近の内表面では大きな応力が発生するので、その状態でも容器が健全であることを確かめるため、この付近にき裂が存在すると仮定した解析を行います。

 

図5-12 非破壊検査の実施条件を変えた場合の条件付破壊確率

図5-12 非破壊検査の実施条件を変えた場合の条件付破壊確率

横軸の中性子照射量は、炉心から圧力容器に照射される中性子の数のことで、運転年数とともに増加します。この中性子照射量に応じて原子炉圧力容器鋼の脆化が進行していくので、破壊に至る確率も高くなる傾向を示します。この図の場合、確率論的破壊力学解析コードPASCALにより、非破壊検査の実施条件が、加圧熱衝撃事象が発生するという条件で求めた破壊確率に大きな影響を及ぼすことが分かります。

我が国で初期に建設された軽水炉型原子力発電プラントは、既に30年を超えて運転されています。既設プラントの長期運転を視野に入れたとき、高経年化プラントの構造健全性の確保は重要な課題で、合理的で信頼性の高い構造健全性の評価手法の確立が必要です。経年プラントの安全性を適切に評価する手法として、機器の構造健全性に関して、機器に対する負荷やばらつき、あるいは欠陥寸法分布やその存在確率等を考慮した確率論的破壊力学(PFM)解析手法が注目されています。

私たちは、軽水炉構造機器の健全性に関する研究の一環として、確率論的破壊力学解析コードPASCALの開発を行ってきました。この解析コードは、原子炉圧力容器にき裂の存在を仮定し、その状態で加圧熱衝撃等の過渡事象が発生した場合の条件付破壊確率を算出します。ここで、加圧熱衝撃の概念図を図5-11に示します。以下に、PASCALの解析機能を簡単に述べます。

まず、原子炉圧力容器鋼では、炉心からの中性子を受けて脆くなる現象、すなわち中性子照射脆化が生じます。この脆化に対しては、我が国で策定されている脆化予測式を用いてその程度を評価します。次に、原子炉圧力容器に存在すると仮定するき裂の寸法が、ある分布を有しているものとして、乱数を用いてその寸法を決定します(き裂のサンプリング)。そして、過渡事象中の各時刻におけるき裂の進展と破壊(き裂が板厚を貫通すること)を判定します。き裂のサンプリングを繰り返し行い、破壊に至ったき裂数と、サンプリング回数の比から条件付破壊確率を算出します。なお、PASCALでは、過渡事象の種類や、中性子照射脆化の程度に影響を及ぼす鋼材中の化学成分、非破壊検査の有無などをGUI画面上で設定することで、容易に解析を実行することができます。

PASCALによる解析例として、供用期間中に実施される非破壊検査の効果を確認するため、検査の有無と検査の精度を変えた場合の条件付破壊確率を図5-12に示します。非破壊検査を実施することにより、条件付破壊確率が減少します。また、精度の高い検査を行うことにより、条件付破壊確率が大きく低下することが分かります。 今後は、原子炉圧力容器の内表面に施された肉盛溶接による残留応力分布など、各評価項目について最新の知見を反映するとともに、現行の規格・基準やその改訂に対し、基準間の安全裕度の相違を定量的に評価するなど、さらなる活用を目指します。

本研究は、経済産業省原子力安全・保安院からの受託研究「確率論的構造健全性評価技術調査」の成果の一部です。