4-12 放射線を感じる仕組みを発見

−線虫C.エレガンスにおけるGPC-1タンパク質の役割−

図4-28 線虫の化学走性学習と放射線影響

図4-28 線虫の化学走性学習と放射線影響

線虫は食塩(NaCl)に近づく性質がありますが、空腹時に食塩にさらされると、食塩に近づく性質が低下します(化学走性学習)。放射線がこの化学走性学習を亢進します。

 

図4-29 放射線応答とメカニズム

図4-29 放射線応答とメカニズム

化学走性学習過程の途中に通常の線虫が放射線を被ばくすると食塩がもっと嫌いになります。gpc-1遺伝子を欠いた変異体では、この放射線応答が抑制されます。これは、食塩の好き嫌いの変化を誘導する放射線の応答がGPC-1タンパク質を介して生じることを意味しています。

放射線の発見から間もなく、放射線の物体を透過する能力はレントゲン撮影として利用され、今日では医学に限らず様々な分野で欠かせない技術となりました。一方、放射線が人体に及ぼす様々な影響についても知見が積み重ねられてきました。近年、神経系に対する放射線の影響が、医学と宇宙の分野において注目されています。医学においては、成人の脳内にも神経幹細胞があり常に神経の新生を行っていること、及びこの神経新生に放射線被ばくの影響が大きいことが分かってきたためです。また、宇宙分野においては火星などへの長期宇宙飛行において、宇宙線の高線量・急照射下で宇宙飛行士に異常行動が起こらないかどうかについての研究が進められています。

こうした背景を受けて私たちは、モデル生物線虫C.エレガンスを用いて、学習に対する放射線の影響を調べました。線虫は、すべての神経細胞の結合が明らかにされている唯一の多細胞生物であり、ヒトと類似した遺伝子が数多く存在し、アルツハイマーの研究に用いられるなど、神経系のモデル生物として知られています。線虫の化学走性学習について実験を行った結果、60Coγ線の影響が学習過程の途中にしか起こらないこと、更に60Coγ線が食塩をより嫌いにさせることを発見しました(図4-28)。この原因を突き止めるために、ある特定の遺伝子を欠いた変異体について同様の実験を行った結果、遂に、線虫のgpc-1変異体が、私たちが発見した食塩をより嫌いになる放射線の応答を示さないことを見いだしました(図4-29)。このgpc-1遺伝子は、特定の感覚神経のみでしか発現しない遺伝子であり、NaClの味覚で感受したシグナルを特定の行動の変化に結びつける役割を果たすGPC-1タンパク質をコードしています。すなわち、線虫では、「放射線の刺激が特定の感覚神経を介して神経回路内情報伝達に干渉し、生来の学習行動の質的・量的な変化を引き起こす」ことを明らかにしました。

今後は、どのような分子メカニズムにより感覚神経が放射線を感じているのか、さらには放射線により誘導された神経系へのシグナルが神経系の中でどのように統合されるのかを探求していく予定です。