図4-7 重イオン飛跡に沿って水溶液中に生成する活性種
図4-8 イオンの質量やエネルギーに依存する水酸化ラジカル収率
図4-9 ヘリウムイオン照射における水酸化ラジカル収率の経時変化
植物のイオンビーム育種(品種改良)や重粒子線がん治療に利用されている高エネルギー重イオンは、細胞組織内(すなわち水溶液中)に、γ線など従来用いられてきた放射線とは異なる空間分布で反応性の高い活性種(水酸化ラジカルなど)を生成させることができます(図4-7)。この重イオンの特性はLET(線エネルギー付与)を用いて説明されることが多いのですが、LETでは活性種の空間的な分布を説明できません。また、活性種は時間とともに拡散・反応します。水酸化ラジカルは放射線化学的見地から最も重要な活性種と考えられるため、私たちは、イオンの質量とエネルギー、さらには照射直後の時間経過に着目して、水酸化ラジカルの収率を評価しました。
私たちは、水酸化ラジカルを捕捉するためにフェノールを水に溶解したものを試料とし、この水溶液に質量やエネルギーを系統的に変えながら重イオンを照射しました。水酸化ラジカルとフェノールとの反応生成物の収率から、水中で連続的に変化するイオンのエネルギーに対する水酸化ラジカルの収率を求めました。その結果、図4-8に示すように、収率は同一質量ではイオンのエネルギーとともに増加すること、同一エネルギーではイオンの質量が大きくなるにつれて収率が下がることを明らかにしました。更に照射直後からの時間経過に伴い減少することを明らかにしました(図4-9)。これらの結果は、重イオン飛跡周りのミクロな領域の活性種の初期空間分布の違いや、その後の反応・拡散現象によって説明できます。
現在、重イオン照射後の初期化学活性種の時間的挙動をリアルタイムで観測することができる時間分解分光システムを構築中です。このシステムにより今回のデータの信頼性が高まるとともに、DNAなど生体分子との反応が直接観測できるようになります。